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真っ暗な中に立つ火柱はかなり美しく、畏怖の対象のようで、それを見つめる私は海に突然現れた夕焼けを見たときのように、表情を変えずに、内心おびえている。突然の着火と、他を照らさない火。誰もいない暗闇で一人怯え、怯え、それでもそれを見続けていた。怖いが、美しいのだ。海岸線に飲みこまれていく夕日の輪郭はこの火のようにぼやけている。黒を際立たせる火柱は、一体だれがつけたのだろうか。
 もう一つおかしなことが起きていることに気が付いた。さっき、火のほんの少しの周辺だけが明るいといったが、まさにそれだ。こうも暗闇ならば、手のひらに乗るくらいの大きさのキャンドルの火でも少しは周りを照らし、フローリングやその他の何か(クッションだとか)を照らすのだろうが、その光の登場から、まったく色は変わっていない。ただの黒が続くこの部屋に現れた、自分だけ明るい身勝手なやつ。そういう二つ名を与えよう。
 さて、その身勝手な火をずっと眺めていると、この行為も久しいものだと感傷に浸り始めた。何かを見るという目を使う行為が懐かしく思える。人間が本来持っている感覚を失っていたと改めて実感したその瞬間の特別感はなんともいえない酔いを持ってきた。私は日常を逸脱した空間にやはりいたのだ。そしてそれを実感した後も、その非日常は続くようで、この火もそれと同じだろう。揺れることなく直立する火柱は、私の意思を全く受けないという自信の表れのように思えた。暗闇の中でほとんど封印していた口を開け、ふうっと息を吹きかけると、なんと驚くことに火は全く揺れなかった。やはりこいつは意志を持って直立している。この暗闇の支配者と言ってもいい私の意志など振り払うほどの力を持った意志を生まれながらにしてもっている。
 私が息を吹きかけて、少したった時、なぜか火が揺れた。それも大きく。私は全く動いていないし、鼻息やその他の風はそれまで通りに行っていた。ヒトやその他の生物が部屋に入ってきた感覚はない。窓はもちろん閉じているし、この暗闇だ。風も入ってくるのを拒むだろう。では、なぜ揺れたのか。その揺れの方向が上か下か、右か左かわからないが、暗闇の中で燃えているのでその残像が向こうの景色を微かに見せた。見覚えのある部屋のものだが、それがどこで、何だったかはわからなかった。それに意識を配る余裕はなく、あの火がなぜ揺れたのか、これにだけ私の意識は使われていた。他人が干渉するはずのないこの部屋に突如現れた風と思われるものはどこから…。
よくあることなのだが、私が一所懸命に考え、妄想に浸ったものの多くはその通りではなく、全く別のものに姿を変える。空が青く、その青の中の雲をわたがしだとおもった子供の頃はもちろんだが、高校にあがってからも、あの子はきっと健太がすきなんだと思っていたら、私のことが好きだったり。そういう大きな誤差が日々の些細な日常に小さく紛れているのだ。そして、それがわかる瞬間は顔が赤く、熱くなるのが常なのだ。今、その瞬間が現れた。火によって熱いわけではない。しかし、その火の熱さはただの熱源としての熱さではなかったので、火によって熱いといってもいいのかもしれない。
えというのも、私が妄想を一通り完成させ、今度は火を美しく眺めようとしていたとき、その火に目を見た。人間の目ではない。形、色、その他の雰囲気とかそういうものもまったく違うのだが、私はそれが完全に目だとわかった。その目は私に視点をまったく合わせないようで、私がじっと見ているのに、その目はこちらを見てはくれない。こう言うとなんだか私が見てほしいと思っているようにとれるが、実際には、暗闇でなぜか点いた火を恐れるのは当然のことで、私はそういう理由でこの火と目を合わせたくなかった。先程まで感じていた火の美しさは、畏怖から来るものであったが、その畏怖は美しさを通り越してしまった。あの目が現れなければおそらく畏怖はそのまま美しさを保ち、火は美しさの体現としていつまで続くかわからない永遠の暗闇の世界に役を持っていたのだろう。
さて、目が合わず、暗闇でただ一点を見つめてる私の思考はここまでで、これ以上の飛躍は望めなかった。ここから先はかなり妄想が強くなり、その妄想を裏切られたときのあの顔の熱さを耐えられるほど、今の私の顔はまだ冷めていなかった。

私の顔が黒い空気によってだんだん冷めていき、これまで通りの暗闇を感じ始めていたとき、その目は私を見た。じろっとこちらをみるのではなく、遠い風景を眺めているような目。しかし、その視点は遠くても目立つ赤い屋根の家のように私を見ている。風景の中の家ならまだいいが、この暗闇に私以外の存在はない。あいつは意志を持った。
 恐ろしさを持ったその火は無生物なものには思えなかった。幼い頃、クリスマスケーキの上で揺れる蝋燭の火にもそれを感じたことがあるのだが、それを話すと大抵の大人は笑った。いい発想力だとかそういう言葉を添えて。それに私は負けたような気がしてならなかった。何回かそれを経験した後、私はケーキの蝋燭に何も見なくなった。
 目の前に見える火はあの時の蝋燭に近い形をしていると記憶している。それに対しこうも妄想を繰り広げているのだから、あの頃以来のものだ。視覚やそのほかの様々なものを奪われて一つ残ったのは昔の感覚だった。

 あの揺れで、私は揺れたのだが、私よりも揺れやすいこいつは私の鼻息だとか、そういうものに一切干渉されることはなく、全く揺れなかった。微動だにしない直立は写真に収めれば綺麗なものだが、その写真を手に取り見る空間が明るいから綺麗なのであって、暗闇の中ではただただ不気味でしかなかった。火に照らされるはずの周りの空気は一体何をしているのか。この火の不気味さに人間のように怖気づいているのか。確かに怖い。あの目はほかのだれも持っていないものだ。それがじっとこちらを見ている。大声を上げるわけでもなく、ただ、ただじっと。赤い屋根を見つめた目はそれからずっと動かない。奇妙なことだったこの二つはいつの間にかこの暗闇の日常になった。畏怖はそれでもずっとそこにいて、それすらも日常になった。
 思えば授業をさぼった。テストの勉強もしていない。二千字の簡単なレポートすら終わっていない。やることは見えているのに動く体はどこにもなく、そういうやる気を置いておける余裕もこの暗闇には微塵もなかった。
 それでも何とかやらなければと私の良心、正常心が働く。血流は素直に回り始め、暗闇に何とか慣れようとまばたきを繰り返す。見えないものを見ようとして必死に足搔くその様を、火は滑稽に笑っているのだろう。そういう様子を見せないところがなんとも奇妙であった。
 足搔いたはずの行動だったが、どうにも体は動こうとしないようで、痛めた左肩を中心に私の体は暗闇の底に押し付けられたままだった。繰り返したまばたきが火の姿をほんの少しぼんやりさせ、その滲みに意識もつられていく。酒に酔った時の感覚、セックスの後の余韻といったものに近い、ものが私を襲う。別に嫌いじゃない。ただ動かない体はその余韻に支配されていく。暗闇から何か圧迫感のようなものが消え、故郷の川の流れを眺めるかのように私はただ火を見つめる。

作品名: 作家名:晴(ハル)