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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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 気が狂うほど煌めく青い海の中で、美紗は苦しげに吐息を漏らした。その一瞬を願うことすら、罪深いと分かっている。せめぎ合う思いに、どうしようもなく混乱する。無意識のうちに、足が止まっていた。やや冷たく感じる秋の風が、体の中を吹き抜けていく。
 美紗の気配が離れたことに気付いた日垣は、青い光の中で振り返った。
「この時間になると、さすがに冷えるね」
 日垣は、着ていたスーツの上着を脱ぎながら美紗のほうへ歩み寄ると、それを華奢な肩にかけた。大きな上着は、夏物ながら、小柄な美紗にはかなり重く感じられた。襟元から、男物の整髪剤のツンとした匂いがした。
 その上着の上から背中を軽くたたかれ、美紗は日垣と一緒に歩き出そうとした。足が、なぜか、思うように動かなかった。上半身だけが前に出て転びそうになるのを、日垣が素早く抱き留めた。
「すみません。やっぱり少し……飲みすぎてしまって……」
 美紗は見え透いた嘘をついた。アルコールを飲むようになってから、飲んだ後に体調が悪くなったことなど一度もなかった。酔いとは違う、激しい違和感。息をするのさえ辛く、両足の感覚がどんどん消えていくようだった。美紗の体を支える太く逞しい腕が、理性的なものを急速に奪っていった。

 私はずっと、こんなふうにされたいと思ってたんだ

 そのことを自覚してはならないと、この一年ほどの間、無意識に自分を抑えてきた。でも、たぶん、もうだめだ……。美紗は、鈍く痛み続ける胸を手で押さえた。

 小さなベンチを見つけた日垣は、美紗を半分抱きかかえるようにして、そこへ連れて行った。崩れるように座り込んだ美紗は、彼の腕の中で、ただ震えていた。
「寄り道するには、少し時間が遅すぎたね」
 日垣は、申し訳なさそうに言うと、Yシャツのポケットから携帯を出した。
「家まで送っていくから。タクシーには乗れそう?」
 タクシー会社の番号を検索する手を、美紗は強く掴んだ。