カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ
「イルミネーションの『海』か。綺麗だろうね」
「来るときに通った大通りを少し行った所の、高いビルの裏手なんですけど……」
「すぐそこの?」
日垣は、椅子からわずかに身を乗り出して、客やバーテンダーたちの影の向こうに大きく広がる窓の外を見やった。星のない夜空の下で、無数の街灯りが瞬いている。その中にひとつ、ひときわ高い光の塔がそびえていた。
「今日も、やっているかな」
「たぶん……」
美紗が答えると、日垣は腕時計をちらりと見た。十一時半を少し回ったところだった。まだ、終電までには一時間ほどある。
「酔い覚ましに、少し歩こうか」
優しげな眼差しに、美紗は、はにかんで頷いた。残り少なくなったマティーニをそっと口に含むと、恍惚にも似た心地よさが身体中に沁みていった。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ 作家名:弦巻 耀