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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ

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「日垣1佐は、そういう意味では、本当にお気の毒なもんです。あのお方も結婚して十四、五年になるでしょうが、そのうちの半分くらいは単身赴任の状態だったんじゃないですかね。もしかしたら、子供のランドセル姿はほとんど見ないままだったかもしれません」
 高峰の言葉を聞きながら、美紗は、夏も終わりかけの頃に「いつもの店」で日垣が話していたことを思い出した。生まれ育った地元を離れる生活に耐えられなかったという彼の妻。その彼女に対して「もう少し強い人だったら」という思いを抱いたりもした、と語っていた日垣は、それでもやはり、遠い街で家を守る者を深く愛おしんでいたように感じる。
「日垣1佐のお子さんは、もう大きいんですか」
 松永が敬語で高峰に尋ねた。年上の高峰と一対一で話す時は、彼も佐伯も、自然と年長者を敬う口調になるのが常だった。
「確か、上の子が、今……中三、ですかなあ。下の子も、もう中学生になっているでしょう。二年前の今頃ですかね、日垣1佐と家族の話をしたことがあるんですよ。『子供が大きくなると、クリスマスはカミさんと二人だけになってしまう』というようなことを言ったら、日垣1佐、淋しそうな顔しましてね。『そういう時期を迎えるまでには九州に帰ってやりたい』とこぼしていました」
 最後のほうの言葉が、胸のうちを抉る。美紗は、顔から血の気が引くのを感じながら、それを周囲に気取られないよう、下を向いた。
「いつも冷静沈着で隙なく完璧、って感じの人が、何だか意外な……」
 右隣にいるはずの小坂の声が、奇妙に遠く聞こえる。
「……佐になってしまうと、勤務地を選ぶのは難しくないですか?」
「3佐ならまだ融通も利くが、1佐はポスト自体が限られるからなあ。ご当人もそれは当然承知で、人事希望にはずっと『命のまま』と書いているんだそうだ」
「出世するのも、何だか善し悪しですね。次の任地が九州方面だったらいいですけど」
 丸顔に眉を寄せて悲しげな顔をする3等海佐に、高峰は「どうだろうなあ……」と返して、天井を振り仰いだ。美紗はわずかに背を丸め、胸を押さえたくなるのを堪えた。日垣貴仁に家族がいることを、彼がいずれ東京から離れることを、忘れていたわけではない。それでも、その事実を不意に思い知らされると、胸が苦しい。
「まあ、子供が巣立って淋しくなるのは、どこの親も同じです。せめて、残るカミさんと楽しくやれるように、今のうちから気を遣っておくのが吉ですよ、松永2佐」
 突然話を振られた松永は、狼狽した目を高峰に向けた。