カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ
日垣から誕生石を贈られた日の翌朝は、寝不足の顔で出勤した。鞄の奥深くに入れてあるはずの彼の贈り物が気になり、課業時間中に何度も女子更衣室に行っては、自分のロッカーの中を確かめた。前日と同じ服を着ていることを誰かに指摘されるのではないかと、一日中、気が気ではなかった。夜の火照りを体の内に残したまま、何事もなかったかのように職場で一日を過ごすのは、心底恐ろしい体験だった。
怯える胸の内を必死に隠す美紗の前で、日垣貴仁は全く平然としていた。いつもと変わりなく周囲の人間と接し、顔色ひとつ変えず美紗の席の脇を行き来した。目が合っても、普段通りの穏やかな表情しか見せなかった。
日垣貴仁のもうひとつの側面を、改めて見た思いがした。ずっと忘れていた、嘘と偽りの世界に慣れた男の姿。かつて、美紗の目の前で、日垣は、その目で、その声で、自在に嘘を操ってみせた。おそらく彼は、己の心にさえ、嘘をつけるのだろう。
あの人と一緒にいるためには、
あの人に迷惑をかけないためには、
あの人と同じように、嘘をつけなければ……
とても、そんな芸当をやってのける自信はない。自分の言動に細心の注意を払うだけで精一杯だ。金曜日以外の夜など、望むことすらできない。ましてや、平日の聖夜など――。
作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ 作家名:弦巻 耀