カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ
あの人は、いつも冷静だった。いつも、遠い街にいる家族のことを忘れなかった。
いつもの席で向かい合っていた時も
青い光の海の中を二人で歩いた時も
そしておそらく、互いの温もりを感じ合っていた時も……。
嘘と偽りが交錯する世界に長く身を置いてきたあの人は、常に平静な心でいられるのだろう。家族以外の者を、愛することなくただ慈しみ、別れるべき時にはためらうことなく背を向ける。
そんな人だと分かっていたから、自分も冷静でいようとした。でも、あの人と同じようには、できなかった。心が高ぶっていたのは、いつも自分のほうだった。
あの人をどこまでも想う自分を、抑えられなかった。
あの人に道を外すことを強いる自分を、止められなかった。
あの人は、苦しみながら傍にいてくれたのに、
それに気付くことすら、できなかった。
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作品名:カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅸ 作家名:弦巻 耀