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軍師

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いったん流された血はもう元には戻りもうさん、また、恨みも深く長く続きましょう、しかし金銀はお足と称しますれば、そのうち再び戻ってまいりましょう」立花宗重「それと甚だせんえつとは存じましたが、疲弊した領民達の窮乏を救わんが為、租税を改める事に致しました」半ばあきれた態の花楓もその事には心を痛めていたようすであったが、京極花楓「で、どのように改められたのでござりまするか」立花宗重「は、以前は収穫米の内、領主に納める石高を七分、領民は三分と致しておったものを逆さに致し申しました」これには、花楓も心の臓が弾けんばかりの驚きを覚え、京極花楓「それでは、領国経営が立ち行きますまい」と異を唱えてはみたものの、立花宗重「領民は、国の要でござりまするぞ花楓様、領民が富めば国も富みまする、田も耕さず、糸も紡がず、あきないもせず、両刀たばさんで威張っておられるのも、これ皆領民のおかげであるとお心得下されませ」と諭されると黙するしかないのであった。
立花宗重「領民達にも今は欲が出てまいり申した、欲と言っても意を含んだ欲でござりまする、奉行衆の知らせによりますると、方々の打ち捨てていた荒地を総出で開墾いたし、新たなる田畑が次々とうまれつつあるとの知らせにござりまする、此のまま行きますれば、明くる年の石高は本年を遥かに上回るものかと存じ上げ奉ります」京極花楓「なんと、手妻のようではござりませぬか」立花宗重「御意、あぜ道に踏みつけられし幼草が、朝露の情けで再び生気を取り戻したかのようでござりまする」京極花楓「うまいことを申されるものじゃ、立花殿は領民にとっては朝露のごとしじゃな、また、そのみずみずしき静謐さにわらわも、こころ奪われてしまうほどに」立花宗重「これはもったいなきお言葉、家臣として望外の喜びに存じ上げ奉ります」と、深々と平伏したのち奥書院を退出したのであった。・・・やがて京極家治世のもと東国の花も実もある仕置を聞き及ぶにつけ、西の大国の民、百姓や地侍達の間で、京極家による治世を待ち望む民意が方々に沸き起こり、それが大きなうねりとなり、とうとう領主を城内に追い詰めてしまったというのであった。
京極花楓「これはどういたしたものであろうかのう、立花殿」立花宗重「ここは、時を置かず直ぐに領民達の加勢に行くがよろしかろうと存じまする」京極花楓「では、いくさになるのでござりまするか」立花宗重「さにあらず、兵たちには槍も刀も持たせませぬ」京極花楓「なんと剣呑な事を、なにを持たせて行かれるのじゃ」立花宗重「東国の余りし旗指物をおのおの存分に持たせてまいりまする」と言い残し、その夜の内に旗指物を持てる者はすべて引き連れ出陣したのであった。宗重は以前より気脈を通じていた地侍達のてびきにより、城下はもとより、城に通じる通りは言うにおよばず、城を取り囲むあらゆる場所に、旗指物を立てたのであった。
やがて東の空が白みだし、微風になびくおびただしい数の旗指物に、籠城を覚悟していた城兵皆大いに腰を抜かし茫然となりはて、もはや戦意をなくしたのか、自ら大手門を開け放ち降伏したのであった。
これを見た領主一族はやがて何もかも打ち捨てて、裏門より虚しく落ち延びて言ったとの事であった。
京極花楓「思いもよらぬ仕儀と水際立ったお手並み、ほとほと感服いたしてござります」立花宗重「はっ、此度は御金蔵(おかねくら)も手つかずのまま残りましてござりまするが、それがしの一存にて、地侍の衆や領民達にすべて分け与えてござりまする、ひらにご容赦のほど奉り申し上げまする、得てして水は高き所より流れ下りまするが、金銀などは低き所より高き所に集まりまする、これでは低き所が枯れ果て難渋致しまする故」京極花楓「もう、立花殿のなすことには驚きはいたしませぬ、存分におやりくだされ」立花宗重「は、有り難き幸せに、存じ上げ奉ります」と、平伏したのち面を上げる宗重に、少しの間をおいて花楓は、京極花楓「京極家がこのような大国となった今、花楓のか細い身ひとつでは荷が重すぎまする、そこでわらわにもひとつの策が浮かんでまいったのですが」立花宗重「策とはどのような仕儀でござりましょうか」京極花楓「・・・国主の座をそなたに譲りたいと思いまする」と、きっぱりと言い放ったのであった。
これには宗重も驚嘆し、立花宗重「なんと申されまするか花楓様、此れはしたり、それがしは新参の家臣にて、今今に召し抱えられし者でござりますれば、そのようなだいそれたこと、露ほどにも考え及びませぬ」京極花楓「そなた申したでは有りませぬか、あぜ道に踏みつけられし幼草が、朝露の情けで生き返るとな」立花宗重「それがしは、露でござりまするか」京極花楓「そうじゃ、京極家への暗雲も取り払われ、わらわもこのように、朝露の情けで生き返った思いじゃ、国主となられる立花殿にはこの花楓が後見として、終生おそばにてお尽くし申し上げまする、これは京極花楓としての最後の頼みじゃ、快く引き受けて下さりまするようにお願いいたしまするぞ」立花宗重「はっ、恐悦至極に存じ上げ奉ります、不束ながら花楓様のご意向に沿うべく精進致し、これまで以上のご奉公相つとめまする」と述べ深々と平伏したのち、奥書院を後にしたのであった。
やがてそばに控えし侍女頭に語るともなく、すぐる日の情景を目に浮かべながら、京極花楓「あの山あいの祠には、神仏がおわしまするやもしれませぬなー、あのような京極家の宝ともいうべき立派なお方とのえにしをつむいでくれたのじゃからな」侍女頭「よきご縁でござりましたなぁ、こののちお世継ぎ様ご誕生と相成りますれば、お方様の多年の夢もかないましょう程に」京極花楓「これ、はしたない事を言うものではありませぬ」とたしなめはしたものの、心の思いの丈が実り、頬があけぼの色に染まりゆくのを感じずにはいられなかった。


作品名:軍師 作家名:森 明彦