⑤残念王子と闇のマル
花の都
再び意識が覚醒したのは、ゆらゆら波に漂うような心地よい揺れの後、ふわりと柔らかなところへ降ろされた時だった。
「おとぎの国第一王子、カレンと申します。」
澄んだ声が、そばで聞こえる。
私は重い瞼をゆっくりと持ち上げると、懐かしい天井がぼんやりと見えた。
そこは、子どもの頃に暮らしていた私室だった。
「このような形でのご挨拶となり、誠に申し訳ございません。」
「ようこそ、カレン王子。わたくしは花の都女王、聖華です。」
久しぶりに聞く母上の声は凛としており、相変わらず背筋が伸びる。
けれど母上はくすりと小さく笑い、その声色の緊張を和らげた。
「そんなに畏まらないで、カレン王子。面をあげて…その評判の顔をよく見せて。」
「…聖華。」
父上の、低い艶やかな声も聞こえる。
「このくらいで悋気を起こすな、空。」
ハスキーな声に、私は起き上がろうとした。
「銀河叔父上…。」
私の掠れた声に、皆が一斉にこちらを向く。
「マル、起きるの?」
跪いていたカレンが、慌てて駆け寄ってきた。
そして私の体を優しく起こしてくれる。
「お水飲む?」
ベッドサイドに置いてあった水差しからコップに水を注ぐと、私にそっと持たせてくれた。
私が一口水を飲むと、頭を優しく撫でてくれる。
その様子をジッと見ていた母上は、ゆっくりと私に近付いてきた。
「おかえり、麻流。」
「…ただいま戻りました。」
私が頭を下げると、母上は私の前に膝をついて下から顔を覗き込んでくる。
「まさか、麻流が婚約するなんてね。」
嬉しそうに半月になった碧眼に、私も笑顔を返す。
「銀河叔父上の評価と違うでしょ?」
掠れた声で言うと、母上がチラリと背後の銀河叔父上をふり返った。
「どんな評価してたの?」
母上の問いかけに、銀河叔父上は小さく咳払いをする。
そんな銀河叔父上の前にカレンは跪くと、深々と頭を垂れた。
「私の今までの行いのせいで、ご不快な思いとご心配をおかけし…申し訳ございません。」
銀河叔父上は、そんなカレンを感情の読めない表情でジッと見下ろす。
「男は若い頃に遊んだ方が、年を取って落ち着くからさ~。」
明るい声に、皆が一斉に冷たい視線を送った。
「それをおまえが言うな。」
艶やかな低い声が、太陽叔父上を冷ややかに貫く。
「いまだ落ち着かず、独身の分際で。」
ハスキーな声に冷たく吐き捨てられたけれど、太陽叔父上はそれには反発した。
「銀河兄上だって、独身じゃん!」
けれど、そんな反撃も銀河叔父上に鼻で笑われ相手にすらされない。
「私は聖華の子を我が子同然に育てる為に、独身を貫いているのだ。」
「ぼ…僕だって!僕だって、聖華の子どもを」
「おまえに育てられたくない。」
太陽叔父上の言葉を、父上が冷たく遮る。
「おまえに育てられると、遊びと剣術が達者なだけの筋肉馬鹿になっちまう。」
父上の言葉に太陽叔父上はショックを受けたらしく、涙目で助けを求めるように母上を見た。
母上はそんなやりとりを柔らかな微笑みで受け流すと、カレンの前に屈みその手を握る。
「…そんなに心配しないで。あなたのことを、私達は歓迎しているのよ。」
「女王様…。」
カレンが顔を上げたその時。
「もうお話終わった?」
「あそんで!カレンおうじさま!」
銀髪の小さな男の子が二人、カレンに抱きつく。
「…。」
私も初めて会う、弟たちだ。
母上は弟たちの手を取ると、カレンの前に立たせる。
「ご挨拶が先よ。姉上様にも。」
すると、弟達は私を見て目を輝かせた。
「ほんとに黒髪黒瞳だ!」
「かっこいい!!」
(…かっこいい…?)
「至恩(しおん)、偉織(いおり)。」
諌めるように父上が頭に手を乗せると、二人は慌てて姿勢を正す。
「はじめまして!僕は第3王子、至恩です!10才です!」
「ぼ…ぼくはだい4おうじ、いおりです!4さいです!」
そして声を合わせて、元気よく言った。
「カレン王子様、花の都へようこそ!麻流姉上様、おかえりなさい!!」
初めて会う弟たちだったけれど、その姿は幼い頃の楓月兄上によく似ていて、意外にもすんなりときょうだいという実感がわく。
カレンを見ると、とろけそうな満面の笑顔で二人を抱きしめていた。
「おとぎの国第一王子のカレンです!…かわいいなぁ♡」
そして、その頬を紅潮させたまま私をふり返ったので、私の心臓がとびはねる。
「ほんとに、黒髪黒瞳はマルだけなんだね!」
カレンの可愛い笑顔にときめきながら、私はそれを悟られまいと努めて冷静に答えた。
「いまのところそうですが、次の子はもしかしたら黒髪黒瞳かもしれませんよ。」
言いながら父上と母上を見つめ、からかってみる。
「おめでとうございます、父上、母上。」
すると母上が丸い大きな碧眼を更に丸くして、父上を見た。
父上は母上からの視線を受けると、ばつが悪そうにガシガシと鉛色の髪の毛をかきまぜる。
「あ…えーっと…。」
珍しく口ごもった父上は、理巧に助けを求めるように視線を送った。
理巧は父上と視線を交わすと、表情の読めない黒水晶の瞳を私へ向ける。
「勘違いでした。」
圧倒的に言葉数の足りないストレートな言葉に、私とカレンはキョトンとした。
「勘違い?」
カレンが首を傾げると、理巧は言葉を少し足す。
「母上も、更年期に入られたようで。」
遠慮のない言葉に、母上がギロッと理巧を睨んだ。
雲行きが怪しくなった空気を、父上が咳払いをして祓う。
「俺の早とちりなんだよ。」
(つまり、母上の月のものが不順で遅れたのを、父上が懐妊と勘違いしちゃったってことか…。)
話が読めない叔父上たちは、お互いに顔を見合わせて肩をすくめた。
カレンと私は顔を見合わせると、二人で小さくくすっと笑う。
「…とりあえず。」
父上はもう一度咳払いをすると、カレンに視線を流しながら腕を組んだ。
「麻流が快復するまで、ここにカレンも留まりな。」
カレンが短く「は!」と返事をすると、父上はゆっくりとその視線を私へ向ける。
「紗那と馨瑠が診療所の診察が一段落したら、おまえの診察に戻って来るってさ。だから、それまで麻流はここで休んでな。」
父上の言葉に、母上が私をそっとベッドへ横たわらせてくれた。
「私が麻流をみてるいるので、カレン王子はやりたいことがあればご遠慮なくどうぞ。」
すると、その言葉を待っていたかのように一斉に子ども達と能天気将軍が口を開く。
「カレン王子様、遊びましょう!」
「どんなあそびがおすきですか?」
「今から鍛練があるから、参加しないか!?」
「…。」
目と頬を輝かせながら、カレンが私をふり返った。
「モテモテですね、相変わらず。」
私がニヤリと笑って言うと、カレンが照れ笑いを浮かべる。
「選べない♡」
とろけるような笑顔に、思わず母上も微笑んだその時。
「じゃ、間をとって私と視察に出掛けよう。」
声と同時に、カレンの肩に手が置かれた。
(間をとってって…なんの間?)
「銀河様。」
作品名:⑤残念王子と闇のマル 作家名:しずか