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④残念王子と闇のマル

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幸福の絶頂


翌朝、私とカレンは香りの都を予定通り出発した。

国王様と王妃たちに見送られながら、まだ高熱の続く私を抱いたカレンは国境を目指す。

「父上…!」

星の背に揺られ、うとうとしていた意識がカレンの声で覚醒する。

カレンは私を抱いたまま、星からとびおりた。

うっすらと目を開けると、おとぎの国の王様の姿が目に入る。

「此度は大変ご心配を…」

跪きながら頭を下げようとしたカレンは、びくりと体をふるわせ言葉をつまらせた。

その滅多にない動揺に、私は重い瞼を持ち上げる。

その時、ふわりとカモミールの香りが漂った。

これはまさか…。

「…太陽…叔父上?」

私が掠れた声で訊ねると、その懐かしい香りが一層強くなった。

「やぁ、麻流。久しぶり。」

明るく澄んだ声がすぐ耳元でし、私は笑顔を返す。

「おまえ、な~に可愛い子ぶってるの。」

からかいを含みながらも、心が陽の光で満たされるような暖かな声色で、叔父上が頭を撫でてくれた。

久しぶりに会えた大好きな叔父上に心が和んだ私とは裏腹に、私を抱くカレンの腕には力が入り緊張が伝わる。

「此度は…私が至らなかったばかりに」

「カレン。」

再度、そう言ったカレンの言葉を威厳のある声が遮った。

「よい勉強をしたな。」

そして、大きな手が私の頭に優しく置かれる。

「無事に乗り越えられたのは、マルのおかげだ。」

「王様…。」

カレンの腕から降りようと私が身をよじると、王様が私の頭を撫でた。

「よい。そのままで。」

その柔らかな声に、間近にある王様のエメラルドグリーンの瞳を見つめた。

「しばらく、故郷で療養するがよい。」

(はい、ありがとうございます。)

私が小さく頷いたのを確認すると、王様は立ち上がり叔父上と真っ直ぐに向き合う。

「本来ならば我が国へ連れ帰るところなれど、花の都女王様のお迎えがあるようなので、このまま我々は失礼する。」

太陽叔父上は、最敬礼でそれに応えた。

「はっ。大切に、王子様をお預かり致します。」

すると、王様がふっと小さく笑う。

「私の大切な王子妃も…よろしく。」

王様の言葉に、私は一気に顔が熱くなった。

「あはっ、麻流。更に熱あがったんじゃない?」

太陽叔父上はからかいながら、恭しく頭を下げる。

「では、王子様と王子妃様。馬車をご用意致しましたので、どうぞ。」

叔父上の言葉に、カレンは立ち上がった。

「父上…また。」

その声は、微かにふるえている。

「ああ。気をつけて。」

王様は穏やかに言った後、私の手をそっと握った。

「マルも、また。」

私が「はい。」と掠れて出ない声で答えると、カレンがぎゅっと抱きしめる。

そしてそのまま、叔父上の用意した馬車へ乗り込んだ。

「出発!」

太陽叔父上の凛とした声と同時に、ゆっくりと馬車が動き出した。

私は馬車の中に用意されたベッドへ寝かされると、カレンをそっと見上げる。

「マル。」

少し潤んだエメラルドグリーンの瞳が、柔らかく半月に細められた。

けれど、続く言葉はない。

私は手を伸ばすと、カレンの頭を撫でた。

カレンはそんな私の手を握り、頬をすりよせながら目を瞑る。

軽やかに進む馬車の中で、私たちは言葉もなくただ身を寄せあって、穏やかな旅をした。

そしてようやく、花の都へと入る。

領内に入ると同時に、沿道から花びらやシャボン玉が舞い、美しいことで有名なカレンを一目見ようと歓声があがった。

「王子様ー!」

カレンは小窓を開くと、沿道の皆へ手をふる。

その瞬間、地面を揺るがすような大歓声があがり、興奮を制するように太陽叔父上の声が響いた。

「え~、僕は無視?」

すると、どっと笑いが起こる。

「太陽将軍ー!!」

あがった歓声は、野太い声だった。

「ええ!僕には男からだけ!?黄色い声は!?」

叔父上が冗談で返すと、再びその場に大きな笑いが起きる。

「遊び人すぎて、女から警戒されてるんじゃないですか?」

沿道の国民からいじられると、叔父上はからからと明るく笑った。

「世の女性はみんな僕のものだと思ってたんだけどなぁ。ついに逃げられちゃったかー!」

(か…軽い…。)

私は久しぶりに会う我が一族がことごとく軽すぎて、思わずため息が出る。

そんなやりとりを見ていたカレンは、肩を震わせて笑い始めた。

「なんか…マルからは想像がつかない王族の皆さんだね…。」

私は頷きながら、大きなため息を吐く。

「理巧より下の弟達はどんな性格か正直わかりませんが…私が知りうる限りは、私と理巧だけが母上似のようですね。銀河叔父上は、かちこちの堅物ですし…その弟の太陽叔父上は…どこからきた性格なのか…。」

カレンは私をふり返って輝く笑顔を見せると、再び沿道へ手をふりながら口を開いた。

「花の都は軍事国家のイメージが強かったから正直ちょっとだけ身構えてたんだけど、すごく親しみやすくてホッとしたよ~。」

(まぁ…忍のイメージも強かっただろうからね…。)

私はそのまま目を瞑ると、うとうとまた眠りに落ちる。

この穏やかな幸福がいつまでも続くと…カレンとの幸せな未来が必ずやってくると信じて、私は忍としての今までの緊張感を全て手放していった。

(つづく)
作品名:④残念王子と闇のマル 作家名:しずか