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墓前に佇む・・・

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                  第一章


 前の日に降った雨はすっかり上がっていた。足元にはまだぬかるみは残っていたが、早朝であるにも関わらず、日差しは容赦なく降り注ぎ、懐かしさを感じているかのように、石段を一歩一歩何かを確かめながら一人の少女が昇っていく。
 後ろ姿からは、ハッキリと年齢を判別できないが、雰囲気としては、まだ中学生か高校生といったところであろう。
 彼女の目指している場所はまさしく墓地であり、墓地に続く石段をゆっくり上っているのだった。
 やっと辿り着いた墓にお参りする前に、彼女は石段を上りきったところで、踵を返すように後ろを振り返った。目の前に広がっている海を眺めている。
「ここで海を眺めるのは何度目になるのかしら?」
 そう言いながら、何がおかしいのか一人で思い出し笑いをしている。時間としては、朝の六時前、すでに明るくなっていることを思うと、今日も暑くなるのはこの時間の日差しを見れば一目瞭然だった。
 それでも彼女は涼しい顔をしている。
 女の子の足で、ここまで上がってくるには結構体力のいることである。いくらゆっくりと歩いたとはいえ、息切れ一つせずに涼しい顔ができるというのもすごいものであった。女の子一人でこんな時間に墓参り。どんな理由があるのか分からないが、人に見られたくないという気持ちではないかというのが一番考えられることであった。
「今日もクジラ島が綺麗に見えるわ」
 クジラ島というのは、この街から一キロほど離れたところにある島であった。正式名称は他にあるのだろうが、彼女たち子供の間では「クジラ島」で通っているのだろう。巨大なメロンパンのように見えるその島は、綺麗に盛り上がった山だけで形成されている。人が住めるような平坦な陸地があるわけではなく、船着き場もない。草や木が生え放題で、島の様子がどうなっているのか、きっと大人でも誰も知らないだろう。彼女はいつも友達に、
「クジラ島ってどうなっているのかしらね」
 と尋ねていた。
 もちろん、友達が知るわけもないし、友達に聞いて返事がもらえるはずもない。相手が困るのを見て楽しく思うほど人が悪いわけではないのだが、それでも話題ができたことが嬉しかったのだ。
 彼女は、クジラ島をしばし眺めていると、ふと我に返ったように、墓前に向かった。そこには、前の日に誰かが蝋燭と線香をあげてくれたのか、雨が降った後でも、線香の一本だけ、まだ燻っているようで、煙が一本だけ、空に向かって果てしなく伸びていた。まったくこの時間が風がない。
「今日もだわ」
 彼女は、風がないことを意識しているようだった。今までに墓参りに来て、風がなかったことなど今までに一度もなかったのだ。実に不思議なことで、不気味に感じていいはずなのに、彼女はそれを普通のこととして受け止めていた。きっと、何か自分にしか分からない理屈があって、その理屈には、自分を納得させられるだけの根拠があるに違いない。
「今日も来たわよ」
 中腰になって声を掛ける。墓石はまだ新しいものだった。花を供えなければいけないだとか、墓石に水を掛けるなどということを知らないのはまだ若いせいなのか、それとも一人で来なければいけない理由があるために、何も用意することができなかったのか、ただ彼女は何も持ってこなくても、墓の中の人が怒ることなどないということを根拠のあるなしに関わらず、ありえないと思っているようだ。
 中腰になって手を合わせている。彼女にとっても、墓の中の人にとってもそれだけでいい。
 手を合わせて目を瞑って、どれくらいの時間が経ったのだろうか? 本人が感じているよりも、結構時間が経ったのかも知れない。顔を上げて、墓前を見つめていると、何かを語り掛けてあげたい気分になっていたが、
――それはできないんだ――
 と、自分に言い聞かせるように、彼女は初めて表情を曇らせたようだったが、それも一瞬のことだった。
「ここは私にとって一番落ち着ける場所なの。だからお願い、これからも私、ここに来てもいいのよね? いいって言ってよ」
 墓前に語り掛けてはいけないと、たった今思ったはずなのに、どうやら、彼女には時間に関係のある何かが欠落しているようだ。ただ、それは記憶なのか、意識なのか自分でも分からない。
 落ち着いた気分になっているはずなのに、なぜか涙が溢れてくる。彼女にとっては、悲しい気分になっているわけではない。むしろ自分で言っているように、この場所にいることが一番彼女にとっては落ち着ける場所であるのは間違いないようだ。
 一通り自分で納得したところで、彼女はおもむろに立ち上がった。そして、今来た道を戻っていくわけだが、自分がさっき通ってきた石段を誰かが上ってくる気配を感じ、彼女は自分でドキッとしたのを感じた。
 ただ、ドキッとしたこの気持ちは、心地よさを感じられるものだった。懐かしさのようなときめきを感じると、上がってくる人が誰なのか、最初から分かっていたことを今さらながらに感じていた。
 その人は男性で、中年から初老と言った感じだろうか。その人に見覚えがある。というよりも、面影を感じたことがあるというべきだろう。
 中年男性は、少し俯き加減で上がってくる。それは暗いというよりも、足元の石段を一歩一歩確かめながら上がってきている証拠だった。
 どんどん近づいてくるにしたがって、最初に感じたドキッとした気持ちが落ち着いてきているのが分かった。決して気持ちが冷めてきているわけではない。ドキッとした気持ちというのが継続しているよりも、一度でインパクトを与えられるものの方が強い意識を持てることを彼女は知っているのだ。
 中年男性は手に何も持っていない。手ぶらで墓参りに来たのだ。それは彼女が手ぶらなのとはまったく違った理由で手ぶらなのだが、彼女には、彼がどうして手ぶらなのか分かっているように思えた。それは、突き詰めていけば、原因は自分に辿り着くであろうことが想像できたからだ。
 だが、このことは今ハッキリさせることではない。逆にハッキリさせるべきではないと言うべきであろう。彼女にはそのことが最初から分かっていたわけではないが、中年男性を見ていると、自分には彼のことであれば、ある程度のことは分かるような気がしていた。それだけ自分に深くかかわりのある人なのだろうが、今は彼女にとって彼をそっとしておいてあげる時期であった。
 彼女は頭の中で、いろいろな思いを巡らせていたが、一つの結論が生まれるまでには至っていない。それは時間の経過に大きな影響があるのだが、そのことも今ハッキリさせるべきではないのだ。
「私は、もう彼に何もしてあげられないんだわ」
 そう思うと悲しくなってきたが、次の瞬間には、さらに悲しい気分にさせられるのが分かっているので、むしろ堪えることをしないで、素直に気持ちを表すようにしていた。
「おはようございます」
 彼女は、精一杯に余裕の笑顔を作って、彼に向けた。彼を正面にすれば、素直な笑顔は出てくるのだ。それが余裕を持っているように見える表情になる。彼女はそう思って疑わなかった。
――それなのに――
 中年男性は、彼女の笑顔に何も返してこない。まったくの無視である。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次