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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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the second with heartache

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『the second with heartache』


 『どこか行きたいとこある?』
 と電話で聞かれた時、いつもと同じ質問なのに、いつもと違って聞こえた。
 その直前、こんなふうに言われたからかもしれない。
 『次の日曜、ちょうど14日だから、ちょっと遠出しない? もちろん日帰りの範囲だけど、こないだのプレゼントのお礼もかねて全部おごるから』
 プレゼント。先月、バレンタインのチョコレートを渡す際に、なんやかやで渡しそびれたままでいた誕生日とクリスマスの分まで、まとめて渡してしまった。プレゼントのことに言及されると、いまだにいろいろ後の祭りなことを考えてしまう。けっこう大きい袋に入れざるを得なかったから、あの後ジャマになったんじゃないか、サークルで何か言われたりしなかっただろうか、などなど。
 ……2つ目の点については少し前、観戦に行った時の件でほぼ確信している。絶対に、確実に何か言われている。
 私も中高と体育会系部活ではあったけど、女子と男子のノリは違うみたいだ。それとも大学のサークルが、彼のフットサルサークルが特別なんだろうか。わからないけどとにかく、私を試合後の打ち上げに連れてこいと彼が言われたというのは、普段から話題になっていたからに違いない。私と彼のことが。
 誰に話題にされても落ち着かない気持ちになるのは変わりないけど、あまり知らない人たちだとよけいに背中がもぞもぞして、逃げ出したいような気分になってしまう。
 『槙原(まきはら)、聞いてる?』
 『えっ、あっごめんなさい、聞いてる』
 沈黙して答えない間が長すぎた私の、様子を気にして心配そうに尋ねる彼は、声だけでもかっこいいと最近よく思う。そしてリアルで見れば、中学と高校に引き続き、大学に入ってからも告白する女子が引きも切らないのは当然、と誰もが思うであろう人。
 そういう男子である彼が、私の「彼氏」である状態には、正直いまだに慣れない。
 『……名木沢(なぎさわ)くんは、ないの? どこか行きたい所』
 『俺? んーと……特には、あ、でも』
 と何か思い出したような間を置いて、ちょっと気になってる場所はある、と言った。
 『じゃあ、そこでいいよ。どこ?』
 『でも、電車で1時間かからないから、行こうと思えばいつでも行けるし。もっと遠い所』
 『ううん、私も特に希望ないからーー今は。だからどこでも』
 今は、と付け加えたのは、彼が何故か、がっかりしたような声で「えっ」と言ったから。本当に、これといって行きたい所があるわけではなかった。彼が行きたい場所があるならそこで全然かまわなかった。

 考えてみたら、電車に1時間近く揺られて行くのは、彼との外出では初めてだ。
 大学の最寄り駅周辺には中規模の駅ビルと商店街があるし、3つ先の駅はけっこう大きなターミナルで、大手スーパーと百貨店とシネコンの入った商業施設がある。だから普段の生活でも休日でも、遠くへ行く必要はあまり感じない。彼と、講義の後や週末に出かける時でも、どちらかの駅前で事足りていた。
 なので、いろんな意味で、新鮮な経験をしていると言える。乗り降りする人の多くが(女性はほぼ全員)彼を二度見するのを何十分も隣で感じているのも、乗換駅での出来事も。
 その時は二人で、目的地の最寄り駅行きの電車を、列に並んで待っていた。10人くらいの列の一番後ろにいて、だからこそ相手も、声をかけてみようと思ったのかもしれない。
 「ねぇねぇお兄さん、どこ行くの。一人なら一緒に行かない?」
 「あたしらハタチ超えてるし、門限ないから何時まででも付き合えるよ」
 同年代か少し上に見える、女性というよりはまだ女子に近い感じの、二人組だった。服も化粧もさほど派手ではないけど香水の匂いが強い。その二人が彼の空いている方、右側から近づいてきて、両脇に回り込もうとする。その時、私と彼は手はつないでいなかった。会話もたまたま途切れた合間で、それもあってかこの人たちは私を連れだとまったく気づいていないようだ。
 二人のうち一人が私を押しのけて間に入ろうとするタイミングで、彼がすかさず動いた。その人をさりげなく、だけど確実に腕で遠ざけて、反対の手で私を引き寄せたのだ。
 「すみません、一人じゃないんで。彼女と出かけるところですから」
 彼の静かな断りに、相手は二人そろって沈黙した。ぽかんと口を開け、遅まきながら私の存在に気づいたようで、こちらを見る。
 「……え、彼女、って? へ?」
 私に向けられる遠慮のない視線と、「嘘でしょ?」と今にも言いそうな口調に、彼の表情が険しくなった。
 「ーーなにか?」
 抑えてはいるけど怒りがにじんでいるのがわかる声。この声とセットでは、なまじ整っているだけに、険しい顔を向けられた方は「まずい」と思うだろう。実際に相手は固まったし、私も、見聞きしたことのない彼の怒った様子に一瞬びくっとした。
 「…………あーいえその、何でもないです。ねっ」
 「そそそ。ごめんなさいおじゃましましたぁっ」
 ひきつったそっくりな笑いを無理矢理な感じで浮かべて、そそくさと相手は去っていく。彼が周りを見回したのは、一部から感じた無遠慮な種類の視線をそらせるためだろう。
 「ったく。気にするなよ、あんなの」
 いまいましげな一言の後、強い語調は変わらないけど気遣わしげに彼は言う。私は、高校運動部の幹部会でもほとんど目にしたことのなかった、彼の厳しい様子にやや気圧された心地で、考えるより先に返事が口から出ていた。
 「う、うん大丈夫、慣れてるから」
 言ってしまってから、しまったと思う。彼が間髪入れず苦い表情になったから。
 私が、一部の人からではあるけど彼との付き合いに関してあれこれ言われる時があるのを、彼が知っていて気にかけているというのは最近知った。試合を観に行った日、会場へ来る予定のなかった親友が「頼まれたから」と私の様子を見に来たことで。
 当たり前だけど、私自身は一度も、誰かに何か言われたりしたのを彼に言ったことはない。彼のせいと言えばそうなのかもしれないけど彼が悪いことをしたわけじゃないし、私に問題があるから言われるんだと受け止めていた。私が、彼の「彼女」には「ふさわしくない」から。
 言われて愉快なことじゃない。自覚してはいてもやっぱり傷ついた気分にはなる。だけど、繰り返されれば体は痛みにもある程度慣れるのと同じで、心もそうなってくる。嫌な心地にはなるけど、それ自体に慣れてしまうから「多少のこと」程度の感じ方になる。もちろん場合によるけど。
 だから今の出来事も、相手の図々しさ、もとい積極的なふるまいにびっくりはしたけど、他の点は正直そんなにショックでもない。私に気づいていなかったり疑問符だらけの目で見られたりするのは、この5ヶ月ほどでさんざん経験したから、ある意味「今さら」とも言える。
 「ごめん、俺がぼーっとしてたせいで」
 「ち、違うよ。名木沢くん何も悪くないじゃない」