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テケツのジョニー 6

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 オイラは場末の寄席のテケツに住むジョニーと言うサバトラの猫さ。オイラの飼い主は寄席で切符を売っている姉さんなんだ。オイラにはとても優しくてオイラも大好きなんだ。

 暑かった夏も過ぎ去り秋本番となった。噺家協会や、噺家芸術協会では通常春と秋に真打昇進披露興行が行われる。春に噺家協会が行えば、秋には噺家芸術協会が行うと言う住み分けが出来ている。
 オイラの居るこの場末の寄席は、両方の協会が十日交代で興行を行っている。だから色々な噺家がやって来るのだ。
「ああ、今日から噺家協会の真打披露なのに、よりによってアイツが顔付けされているんだ」
 親爺さんが顔付けの噺家の名前が書かれた木の札を表の看板に嵌めて行きながら呟いていた。
「え、だあれ?」
 姉さんがテケツから出て来て尋ねている。親爺さんは
「ほら登柳だよ」
 姉さんもその名前を聞いて
「ああ、でも何でわざわざ顔付けしたのよ」
「いや、俺からじゃなくて、頼まれたんだよ。あいつの師匠の好柳師匠からさ」
 ここまで聞いてさすがの俺も事情が判って来た。登柳は香盤順ならこの昇進で真打になれたはずだったのだ。何でも師匠が昇進に反対したらしい。理由はよくわかっていない。この世界は師匠の言う事が絶対だ。言いつけに背く事は破門を意味し、落語の世界からの永久追放となる。のんびりとした猫の世界とは大違いだぜ。
「でも、昼の部じゃないんでしょう?」
 姉さんの質問に親爺さんはため息をつきながら
「でも、夜の部のさら口だ」
 親爺さんの言った「さら口」とは、昼の部が終わり十分ほどの休憩の後、夜の部の前座が上がる。この時はお客が入れ替えの時間だ。それが大体十分ほど、そして正式に夜の部が始まるのだが、その一番最初の出番が「さら口」なのだ。多分登柳が楽屋入りした時刻には昼の真打披露のトリの新真打や関係者が居る時間だ。恐らく、高座に上がる寸前だろうと、俺でも判る。つまり、師匠の好柳師は弟子の登柳にとって辛い経験をさせようとしていると言う事なのだ。
 同期で前座修業をして同時に二つ目になって、同時に真打になれると思っていた矢先に自分だけ真打になれないと知らされた時、登柳はどんな思いをしたのだろうか? 姉さんは恐らくそんな事を思っているに違いなかった。

 真打披露興行の時は普段特別な飾り付けをしない寄席でも、花や色々な贈り物を飾って華やかな感じになる。今日も、昨夜からの飾り付けで、この場末の寄席も華やいだ感じになった。
 今回昇進するのは三人で、それぞれが交代でトリを務める。正直言うと、朝から晩まで姉さんの膝の上や二階の隅っこで落語を聴いているオイラからすれば、今回の三人はそれほどでもない。今の時点では、修行の年月が来たから自動で昇進させて貰える程度の実力しかない。むしろ登柳の方が将来性を感じるとオイラは思っている。それなのに今回は昇進させなかったのにはきっと訳があると思っているんだ。
 初日と言う事もあり昼の部は本当に良くお客が入った。オイラも姉さんの膝の上ではなく楽屋の隅で寝ることにした。忙しい姉さんの邪魔をしたくないからだ。そんな中でも番組は進み、トリが近づいて来た。そんな時刻に登柳が楽屋入りして来た。入るなり
「喜多七師匠、本日はおめでとうございます!」
 そう言って挨拶をした。昨日までは「お前」「俺」で呼び合っていた仲だ。でも今日からは真打と二つ目と言う身分差が存在するのだ。
「ありがとう! でも、喜多七師匠はよしてくれよ」
 そんな事も言っているがどこまで本気なのかは判らない。真打は披露興行中はその日の出演者の弁当を用意したり楽屋で摘める寿司を頼んだりもする。終われば打ち上げがある。その費用も一切が真打持ちなのだ。楽では無いと思う。キャットフードで満足するオイラとは大違いだぜ。
 そんなやり取りをしているうちにトリの真打の出囃子が鳴り出した。その出囃子に乗って喜多七が出て行く。
「まってました!」
 とか
「たっぷり」
 と声が掛かる。アイツも自分の後援会を総動員しているのだろう。必死なのだ。無様な高座は見せられないと、いうことだ。その様子を登柳が高座の袖から見つめている。どんな思いなのだろうかと考えるが、オイラには良くわからない。それは登柳しか判らない事なのだ。
 夜の部になり昼の客の殆どが出て行ってしまって、空きが目立つ客席を前にして登柳が高座に出ていた。オイラは高座の袖からそれを見ている。いい出来だと思った。昼のトリの真打よりよほど良い出来だった。その高座を見てオイラは
「こいつは将来は大物になるかも知れない」
 そんな事を思った。今は真打と二つ目となってしまったが、実力はむしろ上だと思った。
ガラガラの客席でこの高座に出会えた客は幸せだと思った。この高座に登柳の思いの丈が込められているのだと感じた。
 高座を終えたら、売れっ子の噺家は着替えて直ぐに次の仕事先に向かう。でも登柳は着替えてもそのまま楽屋に居た。その訳が直ぐに判った、登柳の師匠の好柳師が出番が変わって今日はこの寄席に出る事になったからだ。代演と言う事さ。だから登柳は師匠を待っているのだった。
 やがて好柳師が楽屋入りした。登柳は師匠の世話をしながらも何故か嬉しそうだ。そのあたりの感覚はオイラには良くわからない。
 好柳師は高座が終わると登柳に「帰っても良いよ」と言って自分は親爺さんの部屋に向かった。オイラは天井裏からその様子を覗く事にした。いったい好柳師が親爺さんに何を言うのか興味があったからだ。
 親爺さんは好柳師にお茶を入れると
「登柳は良い出来だったよ。さぞ辛かったと思うけどね」
 そう言って登柳の事を口にした。好柳師は親爺さんが入れてくれたお茶を一口飲むと
「真打昇進は言わば、自分の元から離れて独り立ちする事です。これからは全ての責任を一人で背負って行かなくてはならない。だから店で言うと『新規開店』じゃ無いですか。売り物は多い方が良い。だから私は登柳の昇進を一年遅くしたのです。今の一年はきっとアイツにとって無駄にはならない。そう考えています」
 そう言って二口目を啜った。
「そう言えば、師匠が昇進する時も、色々あったねえ」
 親爺さんはそう言って遠い目をした。
「昔の話です」
「あの時は協会全体が揺れたなぁ」
「あの時、お席亭が私の後ろ盾になってくれたお陰で確かリました」
「なに、当然の事をしただけさ」
作品名:テケツのジョニー 6 作家名:まんぼう