小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

表裏の結界

INDEX|1ページ/33ページ|

次のページ
 

 この物語に出てくる国家(団体)や個人は完全にフィクションです。あくまでも架空の存在ですので、類似している団体、個人とはまったく関係ありませんので、ご了承ください。

                  第一章 マイナンバー

「人間が国家から支配されるというのは恐ろしいことだ」
 と言っている政治研究者がいた。
 彼の意見は少数派で、あまり世間一般に受け入れられるものではなかったが、討論番組ではいくつもレギュラーを持っていて、テレビの世界では結構売れていると言ってもいいのではないだろうか。
 討論番組などでは、正論を話す人と、それに対して反対意見を言う人がいないと成立しない。言い方は悪いが、まるで「仮想敵」のようなものだ。
 彼の名前は山本教授。国立のK大学に勤務している。最初はK大学出身だからということでのオファーだったが、彼の発言の過激さが、意外と視聴者の印象に止まった。反対意見をいう専門家をテレビ局も探している関係で、彼がレギュラーになるまでに、何ら障害はなく、とんとん拍子にレギュラー出演が決まった。
 彼がレギュラーになってから、視聴率も上がった。放送局からすればありがたいことだったが、彼の性格はテレビ出演そのものだった。彼は素でテレビに出ていたのだ。
 そういう意味ではテレビ局内では異様な雰囲気を醸し出していた。彼の世話をするスタッフも困惑していて、ちょっとでも気に入らないことをすれあ、逆鱗に触れたかのようにいきなり怒り出すこともしばしばだ。彼のせいでテレビ局を辞めたスタッフもいるくらいだった。
 放送局の問題児の彼であったが、視聴率を考えると、彼を外すという選択肢は考えられない。何とかスタッフで宥めすかして番組の延命を図っていた。
――こんな番組、早く終わればいいのに――
 という編成には関係のない下っ端社員は、そう思っていただろう。
 しかし、そんな番組に限って、なかなか終わらない。むしろ視聴率は上がり、放送局の看板番組になった。山本教授はレギュラー番組以外でも、いくつもの報道番組でゲストに呼ばれ、大学にいる時と放送局にいる時のどちらの時間の方が長いか、分からないほどになっていた。
 彼のような評論家を「論客」とでもいうのだろうか。大学の専門とは違った分野にまで口を出すようになり、彼の素で通すスタイルは、ますます視聴者の関心を買った。
 彼の発言は、とにかく過激だった。ジェスチャーやリアクションも大きく、それでいて、なぜかわざとらしさを感じさせない。何しろそれが素なのだから当たり前のことだが、テレビを見ている人にはそこまで分からない。
 もっともテレビを見ているどれだけの人が、出演者の性格分析までしながら見ているというのだろう。少し関心を持ったくらいで分かるほど、彼の性格は簡単ではない。
 ただ、簡単ではないが単純であった。そこに分かりやすさがあることで、余計に視聴者の関心を買う。
「こんな人を友達には持ちたくない」
 と思いながらも、テレビを通してなので、単純に面白く見ることができる。それだけ視聴者というのも、いい加減なものなのかも知れない。
 放送局のスタッフの中には、視聴者をいい加減なものだと思って、少し舐めている人もいる。しかし、山本教授にはそんなことはなかった。
「視聴者の意見は真摯に受け止めなければいけない」
 という考えを持っていて、討論番組でヒートアップしながらも、まわりを冷静に見ていた。きっと、一緒に出演している人も騙される人もいるかも知れない。むしろ一緒に出演しているからこそ間近で接することで、騙されてしまうのかも知れない。
 実はそれも山本教授の計算だった。
 だが、彼は冷静な性格ではあったが、冷徹ではない。過激な発言を繰り返しながら、その奥では、自分の想定外にヒートアップしないように、気を遣いながら、場をコントロールしていた。
――正論を語っている相手に主人公の座を明け渡しながら、主導権は自分が握っている――
 そんな状況に彼は持って行っていた。
 酔っていたと言ってもいいかも知れない。まわりがそんな自分のやり方に気づいていないと思っていたようだが、分かる人が見ればすぐに分かる。そのあたりが、冷静ではありながらまだまだ人間臭いところが残っている山本教授だったのだ。
 山本教授が、
「国家から支配される」
 という件の話を始めた討論会は、数年前のことだった。
 以前から、国民の名簿のようなものを作り、番号管理をすることで、行政機関の業務軽減につなげることを国家の命題としてていた。そして紆余曲折の末に法案化されたのが、
「マイナンバー」
 というシステムだ。
 医療は、会社の給与、人事に関することまでマイナンバーを使って処理できることで、法案が実現した。もちろん、紆余曲折の結果なので、それなりに工夫はされていることだろう。もちろん、国民のほとんどがどれだけのことを理解しているのか分からない。名前だけで、ほとんど何も知らない人が多いだろう。
「へえ、そんな便利な使い方もあるんだ」
 と思う人もいるに違いない。
 しかし、山本教授はそのマイナンバーを前に苦言を呈しているのだ。
 誰もが、
「また始まった」
 と思ったことだろう。
 山本教授得意の反対弁論である。本当は正論が正しいと思っているのかも知れないが、いかにして反対意見を言うかというのが彼の真骨頂だと思っている。それだけ山本教授は冷静で、悪い言い方をすれば、自分の意見に思い入れはないと思われていた。
 特に普段からリアクションもジェスチャーも過激なのだ。少々の思い入れを込めたとしても、それは、
「いつものことだ」
 と思われて、終わりになってしまう。
 以前の山本教授は、それでいいと思っていた。それが彼のスタイルであり、テレビ局で生き残るすべだったのだ。
 大学教授という立派な肩書があるので、論客という肩書がなくなったくらい大したことではないように思われるが、彼の中ではそうではなかった。
「研究は研究。論客は論客」
 それが彼の持論である。
 そんな持論を口にする人に限って、
「論客がダメでも教授の椅子がある」
 と思っているのだが、彼は違った。
 他の人は、それぞれを生活のリズムの中での違う時間という程度にしか考えていないから、別にどちらかが残ればそれでいいと思っているのだろうが、山本教授の場合は、口にした言葉そのままに、
――まったく別の世界だ――
 と感じていたのだ。
 実際に、
「教授は広義の時間と、テレビ出演の時とでは、まるで顔が違う」
 と、彼の講義を専攻している学生からは思われていた。
「そういう意味では、俺は教授の授業を受けているというのは、なんか他の人に自慢できるような気がするんだ」
 と一人の学生がいうと、
「何言ってるんだ。教授はテレビ界では異端児のように言われているんだぜ。まるで俺たちまで同類に思われるじゃないか」
「そんなことはない。講義室の演台で、当たり前のことを当たり前に教えている教授を知っているのは俺たちだけなんだ。これってすごいって思わないか」
「なるほど」
作品名:表裏の結界 作家名:森本晃次