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われら男だ、飛び出せ! おっさん (第一部)

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5.キャプテンシー



「よう、遅いぞ」
「悪い、ちょっと今日中にまとめておきたい仕事があったもんだから」
「まあ、座れよ、とりあえずビールをきゅっと一杯、話はそれからだ」

 森田優作、村野佳範、中村秀俊、この三人は高校時代の同級生だ。
 高校時代は、それぞれ、剣道部、サッカー部、ラグビー部のキャプテンだった。
 彼らが在籍した青陽高校はスポーツ強豪校とは言いがたく、部員集めにも苦労する有様。
 しかも、そこそこの進学校でもあったので、部員の多くは二年で辞めて行く。

 そんな中で、三人は熱いハートで奮闘した。
 新入生を勧誘し、やめようとする仲間を引きとめ、一年生までレギュラーにしなければ頭数も揃わないチームを鼓舞してぐいぐいと引っ張ったのだ。
 そして、部活は違っても、同じように熱いハートを持つ者同士、固い友情で結ばれ、それぞれの進路は違っても定年を間近に迎える今に至るまで二ヶ月に一回の飲み会を続けているのだ。
 もちろん、なかなか都合をつけにくい時期もあった、例えば秀俊、妻が入院中で娘がグレかけている、そんな時期には、二ヶ月に一度の都合をつけるのもなかなか難しかった。
 しかし、そんな時期であっても、できる限り顔を合わせて来た。
 何より、青春時代の熱い血潮を思い出して活力が湧いて来たし、高校卒業後は違う道を歩んでいるそれぞれの考えを聞かせて貰えば参考になったからだ。

 今日遅れてきたのは佳範。
 ビールを一杯、一息で飲み干すと、この店に向かう最中まで胸に渦巻いていた怒りや不満がすっと腹に落ちて行く。
 この二人にならば、愚痴や弱音も吐ける、それでいてねちねち、ぐちぐちとはならず、スッキリとすることが出来るのだ。

「どうせまた一人で残業してたんだろう?」
 秀俊が背中をどやしつける。
「そうなんだよ、また目先ばかり追いかける店の記事を書いて来てさ、とてもじゃないから使えないから、前からちょっと目をつけていた立ち食い蕎麦の店の取材をして穴埋めしてきたんだ」
「グルメ雑誌で立ち食い蕎麦かよ、グルメ雑誌の名が泣くんじゃねぇの?」
 そう言いながらも優作の目は笑っている、佳範が何の変哲もない店を取材するはずはないと知っているのだ。
「まあ、蕎麦専門店並みってわけには行かないけどさ、その店は注文を受けてから掻き揚げを揚げるんだよ、出汁もちゃんと本物の鰹節を使ってるからな」
「なるほどな」
「名店の記事も良いけどさ、我々庶民には立ち食い蕎麦はなじみ深いだろう? 同じ食うなら美味い店で食いたいって思う人も多いと思うから無駄な情報にはならないと思うんだよ」
「確かにな、いや、さすがに佳範だよ、目の付け所が良いな」
 優作はそうまとめようとしたが、秀俊は苦言を呈する。
「だけどさ、何もお前自身が取材しなくても良いんじゃないか?」
 秀俊ならば、ただのダメ出しではなく、何らかのアドバイスをくれようとしているのだと思えるから、佳範も素直に応じることが出来る。
「確かにそうなんだが、あの時間からだと残業になるからな」
「お前が残業して、部下が定時で帰るってのもなぁ……」
「それを説得するくらいなら自分でやった方が早いと、つい思っちゃうんだよな」
「だけど、それはそいつのためにならないぜ、だって、編集長のお前にダメ出しされたんだからさ、最後までやらせないと……そいつのやる気も出ないと思うけどな」
「ああ、わかってはいるんだが……」
 その通りなのだ、頭ではわかっている、ただ、それをやらせた場合の雑誌の出来が気にかかってしまうのだ。
「まあ、佳範は高校の頃からそうだったもんな」
 優作が笑いながら佳範の肩を抱いた。

 高校時代、佳範のポジションはボランチだった。
 ボランチというのは守備的ミッドフィルダー、ディフェンスラインの前に位置し、守備はもちろん、攻撃に参加することも多く、当然運動量は多い、ダイナモと言う別名もあるくらいだ。
 佳範が三年生の時、三年生で残っていたのは彼一人、後は二年生六人と一年生四人、そしてベンチに控えているのは一年生二人、それで全員だった。
 熱いキャプテンが引っ張るおかげで、部員たちに熱意はあった、しかし熱意と技術は必ずしも比例せず、攻めるにも守るにも数的優位の状況を作らなければ強豪校には太刀打ちできない、佳範は走りに走った、毎試合、タイムアップの笛と共に倒れ込んでしまうほどに。
 チームの和、個々のレベルアップ、そういうこと以前に自分の身を粉にすることを考える、そんなキャプテンだったのだ。
 その時はそんな気持を汲んで頑張ってくれる仲間ばかりだったので、佳範が空回りすることはなかった、しかし、今の職場では……。
 
「秀俊はどうなんだ? 仕事は忙しいか?」
 佳範が話題を変える。
「いや、そうでもないよ、田中って女の子……女の子って言っても三十代半ばだけどな、彼女がもう随分色々できるようになって来てるから、本社の会議に出ても俺が口を出す必要ももうあんまりないんだ」
「へえ……いいな」
 佳範からすると羨ましい限りだ、しかし、それは秀俊の才覚なのだと考えることも出来る。
「高校時代から秀俊はそういうところが上手かったからなぁ」

 高校時代、秀俊のポジションはナンバーエイトだった。
 フォワードの最後尾に位置し、スクラムも組めばバックスのように突破も図る、サッカーのボランチと同じようにハイブリッドなポジションだ。
 しかし、秀俊は何でもかんでも自分でやろうとはしなかった、適材適所に人を配し、肝心なところはきっちり締める才覚があった。
 サッカー部でさえ十一人を確保するのが難しいのだ、十五人制のラグビーでは至難の技であるはずだが、秀俊のおかげで、余裕はないまでも、部員難に喘ぐようなことはなかった。
 サッカーに比べればラグビーはポジションごとに求められる能力が違う、そこを秀俊は良く理解していた。
 しかも、サッカーの場合は小学生の頃からずっと続けてきた者も多いが、中学のラグビー部というのはほぼ皆無、つまり、高校ラグビーではほぼ全員が初心者なのだ、持ち前の身体能力が大きく物を言う。
 そして、持ち前の人懐こさ、人当たりの良さも部員勧誘には物を言った。
 三年生でチームに残ったのは秀俊とスクラムハーフの二人、司令塔とも言えるポジションに三年生がいることで、後は運動能力に応じた適材適所にメンバーを当てはめていけば、チームの形は出来る。
 もう一人の三年生、スクラムハーフは頭の切れる、センスの塊のような男だったが、少し独善的に過ぎるきらいがあり、チームメイトにもずけずけとものを言うタイプ、それも秀俊と上手くマッチした。
 拙いプレーには彼が苦言を呈し、秀俊がフォローする、そして、試合になればあくまでクールなスクラムハーフに対して、秀俊は攻守に走り回り、手本を見せることで仲間を引っ張る。
 秀俊はそんなキャプテンだったのだ。

「育てるって言えば、優作は師範代だろう? いわば教官じゃないか」
 持ち上げられて少し面映くなった秀俊が優作に話を振る。
「いや、俺は口下手だしな、とにかく竹刀を振ることしか出来ないよ」

 元々優作は人に教えるのがあまり得意とは言えないのだ。