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われら男だ、飛び出せ! おっさん (第一部)

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4.それぞれの職場にて



 森田優作は神奈川県警の警察官である。
 と言っても、刑事でも巡査でもない。
 優作は警務部の所属、主な職場は剣道場、警察官に剣道を指導するのが仕事なのだ。
 肩書きは師範代、もうすぐ定年になろうとしているが、伝説的な達人が師範を務めているので師範にはなれないのだ。
 師範は既に七十代だが、今でもかくしゃくとしているし、実際、竹刀を交えても優作は師範に敵わない。
 もちろん、達人であり、優れた人格者でもある師範を尊敬しているし、その教えを請う事が出来ることを幸せなことだとも思っている……とは言え、男と生まれたからにはトップに立ってみたい、師範になりたいと思わない日はないのだが……。
 しかも、後輩も育って来ている。
 優作と同じく師範代は数名いて、優作はその筆頭的な扱いを受けているが、年齢による衰えもあって、実力では敵わないと思う後輩もいる。
 定年まではあと二年ほど……その間に師範になれるとも思えない。
 定年後、嘱託扱いになったとしても、自分から引退を申し出ない限りクビにはされないだろうし、いつかは師範にしてもらえるだろう……。
 しかし、優作の中の『男』がそれを許さない。
 年功序列的に師範になれたとしても、お飾りでその座におさまるなどと言うことはしたくない、師範とは実力、品格共に一番でなければならない、そう考えているのだ。
 二年後、定年を迎えたら潔く身を引くのは当然、師範になれなかったとしてもそれは己の未熟さゆえ、そうキッパリと考えている。
 いや、後進が育っている以上、二年後と言わず、もう潮時は来ているのではないかとすら思う……。


ファイト! ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) イッパ~ツ!


 村野佳範はイライラしていた。
 他でもない、部下が書いた記事に対してだ。
(何がニューウェーブ寿司だ……)

 珍しく部下が率先して取材してきたのは、新しくオープンした寿司店。
 その店はつい先月まではカフェ・バーだったが、オーナーシェフが代わらないままに寿司店としてリニューアルしたのだ。
 そして、そこで提供される寿司は、佳範からすればゲテモノとしか思えない……。
 佳範は伝統的な寿司しか認めないと言うほど保守的ではない、ちゃんと寿司の修行をした職人が創意工夫して作り上げたものであれば、気に入るか気に入らないかは別にしても、きちんと敬意は払う。
 しかし、つい先日までカフェ・バーのオーナーシェフだった者が一ヶ月やそこらで寿司職人を名乗るのはどうにも受け入れられない。
 しかも提供される寿司は、りんごジャムを乗せた握り『ビッグ・アップル』だの、ジェラートを乗せた軍艦巻き『スペイン階段』だの、キムチを巻いた巻物『ソウル・トレイン』だのと言ったようなものばかり。
 そんな店を『洒落たネーミングと無国籍な内装のニューウェーブ寿司店』と絶賛した記事など載せられるはずもない。

 しっかり創意工夫している店ならば良いが、ただ目先を変えて、一~二年で流行らなくなるのが目に見えているような店の記事は載せられないと、記事を書いた部下にさっきから懇々と諭しているのだが、ふてくされたような態度で立っているだけ……しまいには『もうそろそろいいっすかぁ』と言い捨てて『取材に行って来ま~す』と出て行ってしまった。
 どうせサボりに行くのだ。
 実質サボりでも、何らかの飲食店に入ればとりあえず仕事をしているポーズにはなる。
 もしヤツが帰ってきて記事を書いたとしても、どうせまた使えない記事だ。
 どうやって穴埋めをするか……佳範の頭にいくつかの店が浮かぶ……取材に、編集に既に手一杯なのだが……。


ファイト! ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) ( ゚ロ゚)乂(゚ロ゚ ) イッパ~ツ!


「わぁ、今日もカワイイお弁当ですね!」
 昼休み、中村秀俊の周りに女子ショップスタッフの輪ができる。
 秀俊の弁当は娘の梨絵が腕によりをかけて作ってくれる……それは確かにありがたいのだが、ちょっとばかり遊び心が過ぎるのだ。
 ウサギ型のリンゴやタコ型のウインナーならばまだ笑って済ませられるが、桜でんぶでハートなど描かれると、六十代の男としてはさすがに気恥ずかしい。
 今日の弁当には海苔とスライスチーズでクマモンが描かれていて、蓋を開けたとたんに冷やかされることを覚悟した。
 ただ、スタッフたちも悪気があって冷やかすわけではない……秀俊はかなり人望がある店長なのだ。
 
 秀俊が店長を任されているのは女性下着メーカー直営のアンテナショップ、自社製品を売れ行きだけでなく、肌で感じる評判で評価しようと言う目的で出店した、いわばユーザーとのパイプ役を担うアンテナショップなのだ。
 実際、発売当初はあまり売れずに生産を中止しようとした商品に根強い人気があることを報告して生産を続けたところ、安定した売れ行きを見込めるロングセラーになったこともある。
 逆に自信作として世に出した商品、発売当初は良く売れた商品でもぱたりと売れなくなることもある、それを報告して余剰在庫を抱えることを防いたこともある。
 また、ユーザーのニーズやアイデアをピックアップするための店でもある。
『使い心地はいいんだけど、この金具はちょっと使いにくい』とか『もうちょっと明るいピンクだったら良かったのに……』と言った小さな要望に応えることが売り上げ増に結びついたことも多々あるのだ。

 そんな店なので、男である秀俊は基本的にスタッフに任せて細かいことに口出ししないようにしている、もっとも、女性用の下着なのだから口出しする余地もないのだが。
 秀俊は、彼女たちからの情報やアイデアを良く聞き、本社とのパイプ役になることを最優先に考えている、売り上げ高がどうこうというようなショップではないし、主な顧客である若い女性が下着のことを相談できるのは若い女性しかありえない、そこに自分が出る幕はないと考えているのだ。
 秀俊は割とのんびりタイプで、見た目もちょっとボーっとして見えるといえなくもない、しかし、スタッフたちが強く推すことは、粘り強く交渉してなんとしても本社に聞き入れさせる、その熱意と粘りを持ち合わせている、若いスタッフから見ればかなり理想的な上司だと言える。

 ただ、このショップも立ち上げから既に八年の月日が流れている、立ち上げの時から行動を共にしている古参スタッフの田中佑子は三十代半ば、この数年は本社にも同行させて自分の仕事を見せているし、はっきりと理路整然と話すので、それぞれの部門の重役たちからも一目置かれるようになってきた、そして、ショップに戻れば若いスタッフたちともざっくばらんに話せるし、なによりも女性であることは自分にはない強みだ……定年まであと二年あるものの、もうこのショップは彼女に任せても大丈夫だと確信している……だとしたら自分の存在価値はどこにあるのだろう?……。