足音を忍ばせて。
珍しく残業も無く、定時で帰宅出来た ある日の事。
いたずら心を起こした私は、呼び鈴を押さず 自分の鍵で玄関を開けた。
真っ暗な廊下。
不審に思いながら、何故か足音を忍ばせて 先に歩く。
やはり明かりが付いていないリビング。
音がしない様に気を付けながら、ドアを開ける。
室内に足を踏み入た瞬間、キッチン方向から気配を感じた。
ゆっくりと視線を動かす。
─ そこには、真っ暗な中、包丁を手にして妻が佇んでいた。
不意に出そうになった声を、手で押さえる。
俯いている妻は、私には気付いていないようだった。
気配を殺して後ろに下がり、急いでリビングのドアを閉める。
身体の震えを自覚しながら、物音を立てない様に玄関まで戻った。
もどかしげに靴に手を伸ばし、少しだけ開いたドアから 外に出る。
静かにドアを閉めた私の身体は、LEDが灯るマンションの廊下で弛緩した。。。