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まつやちかこ
まつやちかこ
novelistID. 11072
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surprise in the morning

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 森嵜さんのイラっとした声で、意識が引き戻される。なんでもない、と返したものの、この人のそういう態度もある意味おかしくて、また口角が上がりそうになる。何も知らないのだからしかたないけど。
 「本当になんでもないから。それで?」
 「まぁつまりはねぇ、あの二人がいつ別れるのかってーー」
 「おはよう、なーちゃん」
 森嵜さんが身を乗り出して言いかけたところに、横から声がかかった。友美だ。
 「おはよう」と私は普通に応じたけど、森嵜さんは当然、鳩が豆鉄砲を食らったようなというか、びっくりの見本みたいな顔をした。友美はきょとんとしたけど変に思ったのはそこではなかったようで、
 「あれ、森嵜さん? ここの教室じゃないよね、もうすぐ予鈴鳴るよ」
 ごく当たり前の指摘をした。言い終わるか終わらないかのタイミングで、講義開始5分前の予鈴が鳴り始める。だけど森嵜さんは席から立とうとしなかった。文字通り、ぽかんと口を開けて、友美を見つめている。
 無理もない。今の友美は、派手でこそないけれど、時折周りに埋もれるくらいだった地味さが感じられなくなっている。幼虫から蝶になった、みたいな劇的な変化じゃなく、半透明のベールをかぶせて隠していたものがベールを取られて現れた、という風情だ。化粧も髪型も服装も普段通りなのに雰囲気は全然違う。
 何があったか知っている立場でも少なからず驚くのだから、友美を「下っぱのファン」と評していた森嵜さんが唖然とするのは当然だった。趣味が悪いかもしれないけれど、ちょっと気分がいい。
 そしてすぐ、さらに痛快な場面を見ることになった。「友美ー」と呼びながら、教室に「トップアイドル」が入ってきたのだ。
 教室の空気が一瞬ざわついたのが感じられる。
 「あれ、どうしたの」
 「あっごめん、小高としゃべってた?」
 「ううん、大丈夫。なんか言い忘れた?」
 「あ、そうそう、今メール来て、明日の練習が無しになったって連絡。どっか行く?」
 「そうなの? じゃあ、観たい映画あるんだけどいいかな」
 「わかった、待ち合わせ何時にしようか」
 「後で映画の時間調べとく。それじゃ、晩はどこか食べに行こうって昨日言ったけど、私が何か作ろうか。祐紀(ゆうき)、嫌いなものあったっけ」
 「んーと、特には。あ、しいて言えばピーマン苦手かも」
 「えー?」
 あはは、と笑い合う二人には、どこにも不自然なところはない。心の底から通じ合った、誰も文句の付けようがない恋人同士だ。1年以上お互いを名字でしか呼んでいなかったのに、今は名前で呼び合っている。
 そのことに、少しでも二人を知っている人は気づいたようだ。教室内の、少なくとも3分の1くらいの学生が、目を丸くしてこちらを見ている。森嵜さんは言うに及ばず。
 じゃまた昼に、と片手を上げて半身で去っていく名木沢は、確かに芸能人並みに整っていてキラキラしている。元同級生以上の認識のないあたしでもそう思うくらいだから、トップアイドルという表現はあながち間違いでもないなと、そこだけは森嵜さんに賛同した。もっとも、ご本人はそんな共感なんていらないだろうけど。
 「ごめんねなーちゃん。……大丈夫? 森嵜さん、何か用事あった?」
 友美の問いかけに、森嵜さんはおもしろいほどうろたえて、すさまじく慌てた様子で立ち上がった。
 「や、そのっ、何もないっ、から。バイバイっ」
 そして教室を出ていった。背中が廊下に消えると同時に、たまらず吹き出してしまった。
 当然ながら友美は驚いて、どうしたのと聞いてくる。
 「んーん、何にもないよ。早く来すぎて暇だったみたい、あの人」
 「そうなの? なんか顔が青かったけど、大丈夫かな」
 「大丈夫でしょ、さっきまでめっちゃ元気にしゃべってたし。それよりさ、昨日も名木沢と会ったの? 後で聞かせてね」
 えっ、と反射的に応じた後、友美は何やら思い出したらしく、顔がみるみる赤くなる。それだけでなんとなく想像はついた。こっちまでちょっと照れくさくなってしまうが、仲がいいのは何よりだ。
 今や真っ赤になった頬を押さえながら「うわどうしよう、もう講義始まっちゃうのに」とつぶやいている友美は、女のあたしから見ても可愛らしい。名木沢もこの子のこういうところが好きなんだろうな、と思いながら、講義開始のベルの音を聞いていた。


                               - 終 -
作品名:surprise in the morning 作家名:まつやちかこ