surprise in the morning
『surprise in the morning』
その人が近づいてきた時、まず変だなと思った。
「おっはよー、小高(こだか)さん」
「……おはよう」
誰なのかは知っている。高校の、確か3年の時のクラスメートで、森嵜(もりさき)さん。大学が一緒ということはそこそこ成績が良かったんだろうと推測できる。近辺の私立大学の中ではいちおう、難関と言われる部類であるから。
とはいえ、特に仲のよかった覚えはない。挨拶したり、必要がある時にだけ話をする、典型的な「単なる同級生」だった。
こんな、朝一からにこにこ機嫌良く寄って来て隣に座られるような、仲良しこよしの関係ではない。第一この人は、ここの教室での講義じゃない。1限目は必修語学の英語で、1年の前期に学部ごとでランダムでクラス分けされている。そのクラスが2年間続くから全員の顔くらいは覚えるし、そもそも学部の違う森嵜さんとは一緒になりようがないのだ。
今朝たまたま構内であたしを見つけたのか、あるいはわざわざ探していたのかーーどちらにせよ何かしら裏がある、平たく言えば何か用事があるのだろう。そう思い至ると、変に愛想のよい笑顔も時々教室の出入口を確認しているのもなんとなく胡散臭げで、反射的に身構えた。
「槇原(まきはら)さんは?」
「え? 語学一緒だからたぶん、もうすぐ来ると思うけど」
その質問だけで用件のおおよその見当はついた。そして、
「ねぇ、ぶっちゃけて聞くけどさ、あの二人どう思う?」
にわかに早口で発した次の問いで、ほぼ確信に変わった。思い出すことがあったのだ。
「どう、って」
「友達なんだからさ、なんか思うことあるでしょ。似合わないなぁとか不自然だなぁとか」
それはそのまま、森嵜さん本人のご意見なんだろう。1年くらい前、その時はたぶんほんとに偶然会ったのだったけど、同じような話をこの人がしてきた記憶がある。あの頃はいろんな人に似たようなことをよく聞かされる日々だったから、一人一人についての記憶は薄いのだけど。
「……そうかな」
似合う似合わないはともかく、不自然というのはごく最近まで確かに感じていた。ただし今現在は違うから、あまり感情を出さないよう抑えながら返す。それをどう解釈したのやら、森嵜さんは勢いづいて「そうでしょお?」と受けた。
「似合わないよねぇあの二人。トップアイドルと下っ端のファンって感じでさ、不釣り合いの見本みたいな。本人もそれわかってるんでしょ絶対。1年付き合ってんのに何あの、キスもしてなさそうなぎこちない感じ。名木沢(なぎさわ)くんがかわいそうったらないわ」
仮にも中学からの親友に向かって、わざわざ言う内容だろうか。まあそこまでの付き合いがあると知る機会はなかったかもしれないけど、この人は、友美(ゆみ)があたしの友達という事実を、どう捉えているんだろう。ものすごく謎だ。謎すぎてイラッとすることもできない。
イライラしない理由は、それだけじゃないけど。
この人がどれだけ「名木沢狙い」でも、それは無理だと知っている。週末にあの二人がどう過ごしたか、友美から聞いているから。
正確に言えば聞けたのは土曜日の午前中で、連絡があるまでは正直、やきもきする思いもあった。二十歳の誕生日を一緒に過ごすのは聞いていた話で、やけに気合いを入れている様子の名木沢が別れ話を切り出すのではないかという、斜め上の心配で友美は頭がいっぱいだった。あたし的には9割9分、そんなことはないと思って友美にも言っていたけど、100%の確信があったわけじゃなかった。名木沢が友美にベタ惚れなのは間違いないと思いつつも、当人に確認したことはなかったから。
だから、金曜の間にも、日付が変わってからも連絡が無い状況に、良い展開と悪い展開の両方を想像してしまって、もちろん良い方にいっていると思いたかったけど落ちつかなかった。あの二人は真面目すぎるくらい真面目で、だからこそ、すれ違いがなかなか修正できずにここまで来たふしがある。話運びによっては今以上にこじれてしまう可能性がゼロではない気もしたから、気になってその日は明け方まで眠れずにいた。
友美からメールが入ったのは土曜の午前、どちらかといえば昼に近い時間帯だった。
『おはよう……かな、連絡しなくてごめん』の一文は、帰ったら絶対連絡してよ、とあたしがしつこく言ったゆえの謝りだろう。ということはとっくに家に帰っていたのか、と判断して、それ以外何も書かれていないメールに首を傾げつつ、すぐに折り返しの電話をした。
その時、しっかりと聞いている。二人が「すれ違いを修正」する以上の展開に至ったことを。
聞いた時の驚きと、当事者でもないのに感じた照れを思い出すと、勝手に口元がゆるんでしまう。
まあ友美はいっさい具体的な単語も内容も言わなかったけれど、恥ずかしくて言葉に詰まりまくる様子の親友をなんとか誘導して、飲んでいて終電を逃した末に名木沢の家に泊まり、話す以上のことをして一晩過ごしたのを聞き出した。
……名木沢にそういうつもりが初めからあったのかはわからないし、考えていたとするならあいつにしたらずいぶん思い切った、荒療治みたいな手に出たものだと思うけど、そこから逃げなかった友美もなかなかたいしたものだ。二人ともがんばったんだな、と思った。変な意味ではなく。
「なんなの、何がおかしいの」
その人が近づいてきた時、まず変だなと思った。
「おっはよー、小高(こだか)さん」
「……おはよう」
誰なのかは知っている。高校の、確か3年の時のクラスメートで、森嵜(もりさき)さん。大学が一緒ということはそこそこ成績が良かったんだろうと推測できる。近辺の私立大学の中ではいちおう、難関と言われる部類であるから。
とはいえ、特に仲のよかった覚えはない。挨拶したり、必要がある時にだけ話をする、典型的な「単なる同級生」だった。
こんな、朝一からにこにこ機嫌良く寄って来て隣に座られるような、仲良しこよしの関係ではない。第一この人は、ここの教室での講義じゃない。1限目は必修語学の英語で、1年の前期に学部ごとでランダムでクラス分けされている。そのクラスが2年間続くから全員の顔くらいは覚えるし、そもそも学部の違う森嵜さんとは一緒になりようがないのだ。
今朝たまたま構内であたしを見つけたのか、あるいはわざわざ探していたのかーーどちらにせよ何かしら裏がある、平たく言えば何か用事があるのだろう。そう思い至ると、変に愛想のよい笑顔も時々教室の出入口を確認しているのもなんとなく胡散臭げで、反射的に身構えた。
「槇原(まきはら)さんは?」
「え? 語学一緒だからたぶん、もうすぐ来ると思うけど」
その質問だけで用件のおおよその見当はついた。そして、
「ねぇ、ぶっちゃけて聞くけどさ、あの二人どう思う?」
にわかに早口で発した次の問いで、ほぼ確信に変わった。思い出すことがあったのだ。
「どう、って」
「友達なんだからさ、なんか思うことあるでしょ。似合わないなぁとか不自然だなぁとか」
それはそのまま、森嵜さん本人のご意見なんだろう。1年くらい前、その時はたぶんほんとに偶然会ったのだったけど、同じような話をこの人がしてきた記憶がある。あの頃はいろんな人に似たようなことをよく聞かされる日々だったから、一人一人についての記憶は薄いのだけど。
「……そうかな」
似合う似合わないはともかく、不自然というのはごく最近まで確かに感じていた。ただし今現在は違うから、あまり感情を出さないよう抑えながら返す。それをどう解釈したのやら、森嵜さんは勢いづいて「そうでしょお?」と受けた。
「似合わないよねぇあの二人。トップアイドルと下っ端のファンって感じでさ、不釣り合いの見本みたいな。本人もそれわかってるんでしょ絶対。1年付き合ってんのに何あの、キスもしてなさそうなぎこちない感じ。名木沢(なぎさわ)くんがかわいそうったらないわ」
仮にも中学からの親友に向かって、わざわざ言う内容だろうか。まあそこまでの付き合いがあると知る機会はなかったかもしれないけど、この人は、友美(ゆみ)があたしの友達という事実を、どう捉えているんだろう。ものすごく謎だ。謎すぎてイラッとすることもできない。
イライラしない理由は、それだけじゃないけど。
この人がどれだけ「名木沢狙い」でも、それは無理だと知っている。週末にあの二人がどう過ごしたか、友美から聞いているから。
正確に言えば聞けたのは土曜日の午前中で、連絡があるまでは正直、やきもきする思いもあった。二十歳の誕生日を一緒に過ごすのは聞いていた話で、やけに気合いを入れている様子の名木沢が別れ話を切り出すのではないかという、斜め上の心配で友美は頭がいっぱいだった。あたし的には9割9分、そんなことはないと思って友美にも言っていたけど、100%の確信があったわけじゃなかった。名木沢が友美にベタ惚れなのは間違いないと思いつつも、当人に確認したことはなかったから。
だから、金曜の間にも、日付が変わってからも連絡が無い状況に、良い展開と悪い展開の両方を想像してしまって、もちろん良い方にいっていると思いたかったけど落ちつかなかった。あの二人は真面目すぎるくらい真面目で、だからこそ、すれ違いがなかなか修正できずにここまで来たふしがある。話運びによっては今以上にこじれてしまう可能性がゼロではない気もしたから、気になってその日は明け方まで眠れずにいた。
友美からメールが入ったのは土曜の午前、どちらかといえば昼に近い時間帯だった。
『おはよう……かな、連絡しなくてごめん』の一文は、帰ったら絶対連絡してよ、とあたしがしつこく言ったゆえの謝りだろう。ということはとっくに家に帰っていたのか、と判断して、それ以外何も書かれていないメールに首を傾げつつ、すぐに折り返しの電話をした。
その時、しっかりと聞いている。二人が「すれ違いを修正」する以上の展開に至ったことを。
聞いた時の驚きと、当事者でもないのに感じた照れを思い出すと、勝手に口元がゆるんでしまう。
まあ友美はいっさい具体的な単語も内容も言わなかったけれど、恥ずかしくて言葉に詰まりまくる様子の親友をなんとか誘導して、飲んでいて終電を逃した末に名木沢の家に泊まり、話す以上のことをして一晩過ごしたのを聞き出した。
……名木沢にそういうつもりが初めからあったのかはわからないし、考えていたとするならあいつにしたらずいぶん思い切った、荒療治みたいな手に出たものだと思うけど、そこから逃げなかった友美もなかなかたいしたものだ。二人ともがんばったんだな、と思った。変な意味ではなく。
「なんなの、何がおかしいの」
作品名:surprise in the morning 作家名:まつやちかこ