Sの悲喜劇
同日午前11時30分頃のことだった。サラは貴重な休業日を家でくつろいで過ごしていると、充電中のスマホが鳴ったので、電話に出た。
「もしもし」
「あ、サラ?フィルだ」
電話の声のフィルは、少し焦っていた。
「あら、フィル。どうしたの?」
「スティーブンが、救急車で病院に運ばれた。それで今、手術してる」
「何ですって!」
サラは、まるで全身を瞬間冷凍されたように寒気がした。今朝見た不吉な夢が正夢になったのだろうか。
「……それで今、どこの病院に居るの?」
「セントラファエル・ホスピタルだ」
「…分かったわ。私もすぐそこに行くわね」
サラは強い不安で胸が苦しかったが、安全運転でセントラファエル・ホスピタルに向かった。
(スティーブ、スティーブ、どうか生きていて…)
( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク…
病院に入ると、手術室前で長椅子に座って両ひざを震わせているフィルを見つけた。
「フィル!」
「サラ。よかった、無事に来られて」
彼女は泣きながら、息子がなぜ搬送されたかを聞いた。
「いったい、スティーブに何があったの?」
フィルの話によると、ライブのリハーサル中、スティーブンがへその下のほうに激しい痛みを訴え、そのうえトイレで2、3回吐いて、全身冷や汗をかいていたのでこれは普通でないと判断され、スタッフが救急車を呼び、リーダーである自分が付き添うことになったとのことだった。また、スティーブンが救急車の中で、自分のせいでリハーサルが中断されてしまったことを泣きながら謝ったことも話した。
サラは長椅子にどっと深く座り、ハンカチで目を拭った。治療のための手術とはいえ、何が起こるか分からない。もし望まない結果に終わったとしたら……。それを想像すると、震えも涙も止まらなくなる。
そんなサラを見て、フィルが彼女に何かを見せた。
「サラ、これ、預かってたんだ」
それは、スティーブンがいつも身に着けている、一対の結婚指輪の間にベビーリングを通したリングネックレスだった。
「あぁ、これ…ありがとう、フィル」
彼女はそれを受け取ると、手のひらに乗せてじっと見つめた。そして、彼女の目からこぼれ落ちた涙がリングを濡らした。
(私の愛する人、私たちと一緒に居て……)
( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク… ( ノД`)シクシク…
それから約10分後、フィルは、ひどくつらい顔をしているサラの肩に腕を伸ばした。するとどうだろう。もう既に誰かが彼女の肩を抱いているような感触がした。
(…??)
フィルは不思議そうな顔をした。
そんな彼の横で、サラは自分の二の腕に置かれた「見えない手」の上に自分の片手を重ね、そこに頭を傾けた。そのときの彼女は目を閉じて、喜んでいるように見えた。苦しいときに、最もそばに居てほしい人が、まさに寄り添っているからである。たとえその姿が目には見えなくても。
「……ごめんよ。おまえが居るのを忘れてた」
フィルは腕を戻しながら穏やかに言うと、「2人」を優しい目で見つめた。
しばらくして、ヒューゴとジミーも病院に駆け付けた。
「ヒューゴ。ジミーも」
ジミーが落ち着かない様子で聞いた。
「スティーブンの容体は?」
フィルは手で汗を拭いて答えた。
「いやぁ、命に別状はないらしいんだけど、手術しなくちゃいけなくて今、手術受けてる」
「……そうか」
ヒューゴはというと、どさっと座り込み、手をひざに乗せてがくんとうなだれ、目をつぶった。
― こうして、最初期のメンバーが本当に久々に「集まった」が、妙に静かな時間が、少しの間続いた。―