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Scat Back 第二部

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 田中の突進もライン戦で押され気味なので2~3ヤードがやっとの状態、偽リードオプションが見破られているので、安岡がボールを持つとディフェンスが殺到してしまう、そして、俺に至っては頼みの綱の山本のサイドを突いても、相手が1人余った状態ではスクリメージラインの突破もままならない。
 スクリメージラインさえ突破できれば後方は手薄になっているはず、一気にロングゲインを狙えるはずと、思い切って当たっては行くものの、1部リーグのディフェンスの壁は重く、厚くて俺の体格でははね返されてしまう。
 良く持ちこたえているものの、攻撃が進まないのでディフェンスチームは休む暇が与えられず、体格に勝る相手のプレッシャーに耐え続けられるのも限界に近く思えた。

 しかし、残り4分弱、自陣10ヤードからの攻撃で起死回生のプレーが飛び出した。
 ここまで見せ場の少なかったワイドレシーバー・栗田へのショートパス。
 パスコントロールに不安がある安岡では、この位置からのパスはないと読んでいた相手の裏をかいた、半ば捨て身のパスが決まると、栗田は身体をスピンさせ、マークしていた相手のタックルを外して一気に加速した、そして本来なら栗田を止めるべく備えているはずのストロングセイフティは俺が引き付けている。
 敵のフリーセイフティがなんとか栗田をサイドラインから押し出した時には、栗田は一気に60ヤードを走り、敵陣30ヤードまで迫っていた。
 あと10ヤード進めることができればフィールドゴールの成功率は高い、同点のチャンス、いや、ここはタッチダウンを奪って一気に逆転を狙いたい。
 ブレイブ・ブラザースのサイトラインは一気にヒートアップした。

 そして栗田のビッグプレイはもう一つの効果を生んでいた。
 相手のストロングセイフティが、栗田を警戒して再び位置を下げたのだ。
 まだ息の上がっている栗田に代わって入った2年生ワイドレシーバーが監督からのプレーを安岡に授けた、これまで何度もチームの窮地を救って来た取っておきのプレー、俺が山本の左脇をすり抜けて行くプレーだ。
「すぐ行こう! カウントも1だ!」
 山本の指示で、俺たちはハドルにほとんど時間を掛けずにポジションについた。
 ここで時間を掛けると相手にも考える時間を与えてしまう、動揺し、パスへの警戒心が強まった今がチャンスなのだ。
「ハット!」
 カウント1で始動、田中が俺の思い描くとおりのコースを走り、山本は相手のディフェンスラインを完璧にコントロールしている、3年生ワイドレシーバーの田辺は身長、ジャンプ力共に優れ、競り合いに強くゴール前では危険な存在、彼がディフェンスバックを引き付けてくれている。
 山本の横をすり抜けると同時に迫ってきたラインバッカーも田中が弾き飛ばしてくれた、ランと気づいたディフェンスバックが上がってくるのが見えたが、あとは俺の個人技にかかっている。
 左隅のパイロンめがけて走る俺に対して、フリーセイフティはサイドラインから俺を押し出そうと迫る、俺に関するデータが頭に入っているのだろう、しかし、それは俺もお見通しだ、内側にカットを切ると簡単にかわすことができた、ゴールまであと20ヤード。
 左右の前方からコーナーバックが迫る、しかし、2人の真ん中を突破できる! そう直感した俺は両腕でボールをしっかり抱えて突っ込んだが、左のコーナーバックは振り切れなかった。
 ゴールまであと10ヤード、コーナーバックを引きずりながらもゴールを目指す俺を、追いついて来た味方ラインが後押ししてくれたが、敵も集結して来て、遂に倒されてしまった。
 ゴールまであと5ヤード、この5ヤードさえ取れれば1部昇格が見えてくるのだ。
 
 俺は息を落ち着けるために、一旦サイドラインに下がった。
 ここは田中の出番、田中に劣らずパワーがある2年生ランニングバックをリードブロッカー(*4)につけて、田中が中央突破を試みる。
 2ヤードのゲイン、あと3ヤード。
 セカンドダウンも、もう一度同じプレイ、やはり2ヤードのゲイン、あと1ヤードだ。
「よし、鷲尾、行け、ダイブだ!」
 監督の指示を受け取り、満を持してハドルに加わる。
 サードダウン1ヤード、この1ヤードが取れなければフィールドゴールで同点止まり、しかも、俺が入ったと言うことは相手もダイブを警戒していることは容易に想像できる、しかし、監督は俺を信頼してくれたのだ。
「ハット!ハット!ハット!」
 カウント3で始動、味方ラインが渾身の力で敵ディフェンスラインを潰しにかかる、そして田中が先に潰れかけのラインに飛び込んで、俺が飛び込める隙間を作ってくれた、俺はボールをしっかり両腕で抱えて飛び込んだ。
 ヘルメットに、ショルダーパッドに衝撃が走る、しかし、俺の勢いが勝った、俺が転げ落ちたのは敵のエンドゾーン内。
 タッチダウン!
 17-13、遂に逆転だ!

 残り時間は3分、フィールドゴールの3点では追いつかれない点差とは言え、まだ安心は出来ない、攻める側は捨て身、サードダウンで10ヤード進めなかったからと言ってパントで陣地を回復することなどしない、いちかばちかのプレーも警戒しなくてはならない、フットボールでは残り2分からの逆転劇は少なくないのだ(*5)、しかも敵はタイムアウトを3つとも残している、時計を止める術は残っているのだ。

 敵は落ち着いていた。
 慌てずに、これまでどおりラン中心に攻めて来る、こちらとしては一気にゲインされるロングパスやオープンへのランを警戒せざるを得ない、これまで2~4ヤードに押さえて来た真ん中付近のランへの対応はどうしても薄くなり、そこを突かれると5~6ヤードのゲインを許してしまう、時計は進み続けるが、敵はハドルなしでどんどん攻めて来る、ブレイブ・ブラザースはじりじりと押し込まれて行った。
 しかし、自陣まで攻め込まれるとディフェンスチームが奮起、自陣30ヤード地点でフォースダウン残り8ヤードに敵を追い詰めた、残り時間は20秒、敵は最後のタイムアウトをコールして時計を止めた。

 
 

注釈
*1)サイドに投げ捨て……:パス攻撃では失敗してもロスにはならないことから、クォーターバックが追い詰められると意図的にパスを失敗することがあり、それを防ぐルールとしてインテンショナル・グラウンディングという反則があります、しかし、意図的かミスかの判断は難しい所でもあり、サイドライン際にわざと失敗するのは一つの戦術として広く行われています。
*2)ファンブル:ボールを持って走っている選手がそのボールを落としてしまうこと、フィールド内に落ちたボールは先にそれをカバーしたチームのものとなり、攻守交代が生じます。
 先に説明したインターセプトとファンブルを総称してターンオーバーと呼びます。
一瞬で攻守が交代するので、攻撃側に守りの準備はなく、大きなピンチを招くことがしばしばあります。
*3)セイフティ:ディフェンス最後尾に位置する選手、通常2名
*4)リードブロッカー:ボールを持って走る選手の前を走って、敵をブロックする選手のこと。
作品名:Scat Back 第二部 作家名:ST