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10.暗雲



 ブレイブ・ブラザースの快進撃は続いた。
 リーグ戦はその後も4連勝で、1試合を残して2部リーグ優勝を決めた。
 
 俺はと言えば、ハードヒット恐怖症を克服出来つつある。
 点差が開くゲームが続くので、紅白戦の時のような無茶な突っ込みはしないが、ここぞと言う時はしっかり当たって行けている。
 毎週、試合後には由佳を見舞って試合の報告をして、その度に次も必ず勝つと指きりをして別れるのだが、由佳が病気と戦っている姿を思い浮かべればハードヒットの衝撃など大したことはない。

 今日も21点差をつけての快勝だった、先週あたりから由佳も大分元気になっているように見えるので、足取りも軽く由佳の病室を訪ねた。

「よう、相変わらず寝てばっかりだな」
「うふふ、そうでもないのよ」
 由佳はベッドで上半身を起こそうとする。
「おい、無理すんなよ、寝たままでいいって」
「ううん、昨日から起きられるようになったの、筋肉が落ちるだけ落ちちゃってるから、ここからリハビリを始めないと」
「手伝ってやろうか?」
「そうね……お願い」
 背中に手を添えて身を起こすのを手伝ってやる……由佳の言うとおり、すっかり筋肉が落ちていて、痛々しいほどに細く、軽い。
「ああ……気持ちいい、もう寝てばっかりは飽き飽きしてたの、上半身を起こすだけでも気分が晴れるわ」
「もっと気分が良くなるニュースを持って来たよ……2部優勝を決めたぜ」
「ホント!? まだ1試合残ってるのに?」
「ああ、2位のA学院が今日の第1試合で負けて2敗になったんだよ、第2試合でウチが勝って優勝が決まったんだ」
「やったね!」
「ああ、やった、入れ替え戦は再来週だぜ」
「うん」
「見に来れそうか?」
「それは……わからないな……」
「車椅子とかに乗れば……」
「車椅子使うとしても、もう少し背筋がしっかりしないと」
「ああ、そうか……」
「でもね、もう先生もどんどんリハビリしなさいって」
「そうか、頑張れよ、無理すんなよ……あれ? 俺、何言ってんだ?」
「うふふ、無理し過ぎない程度に頑張る」
「そう、それだ、しっかりな」
「うん」

「ずっと起きててきつくないか?」
 由佳の調子も良さそうなので、つい試合の話に熱が入ってしまった。
「ちょっとだけ」
「起きられるようになったのが昨日からなんだろ? あまり飛ばすのも良くないぜ」
「うん、少し横になる」
「手伝ってやろうか?」
「お願い」
 
 背中に手を添えてそっと横たえてやる……由佳の顔が目の前だ……。
 病気前の由佳にだったら強引にでもキスするところだが……まだ頬がこけて青白い顔を見ると、無茶はできない、俺は額に軽く唇を押し当てた。
「鷲尾君……」
「指きりの代わりだ、もうこれくらい大丈夫だろ? 来週また来るよ、全勝の報告にな、じゃあな!」
 照れくささもあって、逃げるように病室を出てきてしまったが、80ヤード独走した直後のように心臓が高鳴っていた。


 翌週の最終戦は3位チームとの対戦だが、相手は先週A学院に快勝して波に乗っている、 第1クォーター(*1)は一進一退の攻防が続いた。
 しかし、第2クォーターに入ると地力の差が出始めた、コーチングスタッフが相手の攻撃パターンを読み切ると、ウチのディフェンスは相手にファーストダウンを与えず、良い位置で攻撃が始められる、俺たちオフェンスも着実に得点を重ねて第3クォーター終盤には28点差をつけた。
 そして2年生クォーターバックの安岡に切り替えようとした矢先の事だった。
 スクランブル(*2)に出た東山が悠々とファーストダウンを取り、自らスライディングでダウンしたにもかかわらず、相手がレイトヒット(*3)して来たのだ。
 肩を押さえて横たわったままの東山……俺はカッとなって、相手に食ってかかろうとしたが、山本に止められた、確かにそんな事をして良いことはひとつもないのだが……。
「鎖骨が折れたな、これは……」
 山本が忌々しそうに言う……ラグビーではよく鎖骨を痛めるらしく、山本も鎖骨骨折は経験済みなのだ。

 試合はそのまま押し切ってリーグ戦全勝を成し遂げたものの、東山の怪我は山本の見立て通りに鎖骨骨折、次週の試合にはとても間に合わない。
 入れ替え戦を目前にして、ブレイブ・ブラザースに暗雲が垂れ込めた。



注釈
*1)クォーター:アメリカンフットボールの試合は4つのクォーターで行われ、全米大学、プロ、日本の社会人では1クォーターは15分ですが、日本の大学では12分です。
第1、第2クォーターと、第3、第4クオーターの節目ではサイドチェンジが行われるだけですが、第3、第4クォーターの間にはハーフタイムが取られ、例えゴール直前まで迫っていたとしても、新たにキックオフで開始されます。
*2)スクランブル:クォーターバックがフリーになっているレシーバーを見つけられずに、自分でボールを持って走ること。
*3)レイトヒット:既にボールデッドになっているにもかかわらず、無用のヒットをすること、正式にはアンネセサリー・ラフネス、最も重い15ヤードの罰退とオートマチック・ファーストダウンが課せられ、悪質な場合は出場停止などの処分も課されます。

作品名:Scat Back 作家名:ST