「空蝉の恋」 第三十一話
「亡くなった妻を優華は慕っていました。なので、私が再婚したり、そこまで行かなくても女性と恋愛したりすることは反対するだろうってね。でも洋子さんに言われたようなんです、内田さんのことをね。洋子さんが母親の幸せを一番に思っていると。娘はそれを聞かされて、どうやら私に恋愛を許す気になったようです。父親の幸せを自分も考えないといけないと洋子さんに言われたようだと話してくれました」
「お嬢さんは本当に素敵な人です。ずっとご縁が続けば娘のように可愛いと感じられると思います」
「内田さん。それを言いたいのは私の方です。洋子さんに娘は救われました。閉じこもっていた気持ちを洋子さんと仲良くすることで、前向きに生きてゆこうとする勇気が出てきたのだと思うんですよ。亡くなった母親のことをいつまでも悲しんでいましたからね。なので、本当に感謝です」
「斉藤さん。優華ちゃんと洋子は相性が良いのでしょう。たとえ娘に彼が出来てもこれまで通りに仲良くしてゆくと思います。私たちはそれを見守ってやりたいと思うだけではいけませんか？」
「離婚して間もない内田さんに言えることではないですが、ボクとすぐにということでなくても構いませんので、他の男性とお付き合いされることだけは止めて頂けませんか？お願いします」
「五十の女に言われることではないですよ」
「歳のことはもう言わないでください。ボクには内田佳恵さんだけですから」
「本気にしますよ・・・」
「本気です」
そう言って斎藤は手を握ってきた。体の芯が熱くなって酔いも手伝ってか、私は斎藤さんに引き寄せられるように体を預けた。
家に着くまでそのままで体の力は抜けてしまっていた。
「着きましたよ」
「あっ、はい」
ドアーが開き、車を降りてすぐに斎藤はふらつく私を支えながら、玄関の呼び鈴を押した。
「ママ、お帰り。まあ～どうしたの？酔っているの」
「洋子ちゃんゴメンね。酔わせてしまって。後は頼むよ」
「ありがとうございます。母が迷惑をおかけしました」
「迷惑じゃないよ。じゃあ、帰ります」
「ママ！お礼言わなくちゃ」
ボーっとしていた私に娘が近寄ってそう言った。
「斉藤さん、今日はありがとうございました」
「楽しかったですよ。ではまた。おやすみなさい」
待たせていたタクシーで斎藤は帰っていった。
斎藤に代わって娘に支えられベッドに行くと、なぜか止めどなく涙がこぼれてきた。
「ママ、どうしたの？何があったの？」
「ううん、違うの。何もないよ」
「何もないのに泣くの？」
「何もない・・・何もないの・・・」
「ママ、斎藤さんのことが好きになったんじゃないの？」
返事をしなかったので、娘はそうだと思っただろう。
この日から自分の中で何かが変わってゆく。
作品名：「空蝉の恋」 第三十一話 作家名：てっしゅう