俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第二章・第一話】
「ああ、あれは味を十分堪能してるからな。」
「やっぱりお兄ちゃん、えっちだね。今のが小えっちだよ。でもこの期に及んでえっちの観念を理解しても無益だけどね。」
「そうだな。どっちにしろ、えっちのコンセプトなんて知っても、オレの人生の夢先案内はしてくれないだろう。」
「人間の人生はえっちから始まるんだから、えっち軽視は憲法違反だよ!」
桃羅が得物を持たない右手を大きく左右に振ると、大悟の周りにかなり強い風が吹いて、大悟の横にある木の幹に二本の亀裂が走った。
「危ないぞ。刀の素振りは人気のないところでやってくれ。」
「へえ。またかわしたねえ。お兄ちゃんの小脳はえっちの運動だけを司ってると思ったのに、斬撃回避のプログラムがインプットされてたんだ。」
桃羅の攻撃は目に見えないが、魔力が超音波の渦となって、何かを形作るのである。
それから桃羅が見えない刀を振り回しては、大悟の周りの空気を斬るという動きが続いた。どちらも真剣勝負というよりはバトルを楽しんでいるように見えた。そんな戦いの中で、余裕があるのか、思い出に浸っていた大悟。命を落とす瞬間には自分の人生が走馬灯のように思い出されるという。それは死んだ時に死の苦しみを緩和するために、人間の大脳に予めプログラムされたものであり、死がトリガーとなっているらしい。それとは少し違うが、妹との別れが迫っているというシチュエーションが大悟に作用したのか。
「桃羅とよく遊んだ場所、この児童公園だよなあ。」
戦いながら子供の頃の兄妹ケンカを思い出す。桃羅がブラコンになったきっかけ。魔力は桃羅が上で、大悟は桃羅にいつも泣かされていた。一つしか年が違わないが成長は女の子の方が早いので、桃羅は周りからは姉扱いだった。だからお兄ちゃんとは呼ばず、大悟と呼び捨てだった。魔力は超音波魔法。大人顔負けの攻撃力と防御力を誇った。桃羅は図に乗って、凶悪な賊を倒しにいった。しかし、所詮子供の桃羅はピンチになり、絶体絶命のとき、大悟が桃羅の代わりにやられた。『オレはお兄ちゃんだから妹を守らないと』その思いが裏目に出たのである。大悟は光の魔法を使っていたが、このときのケガで魔法は使えなくなった。代わりに妹の信頼を得た。愛も得たのは余計だったが。大悟は背中にその時の傷が二か所ある。それが今のおんぶズマン・スイッチである。
桃羅の攻撃は時折大悟を掠めているが、その程度で大悟を傷つけることはできない。大悟は自分の魔力を具現化はできないが、魔境放眼の力でからだを強化することで、防御力を高めているのである。
桃羅は手を胸の前に持ってきて、なにやらこねている。次の瞬間、何かを大悟に投げつけた。大悟は即座にブランコの板を顔に移動させた。『カンカンカン』という金属音。
「飛ばしたのは手裏剣か。魔力を飛ばすことができるようになったんだ。桃羅、腕をあげたな。」
大悟はブランコを防御に使っていた。魔境放眼を利用したワザである。
「どういたしまして。いつも桃羅ノイズを練っているから、幅広く応用が利くようになったんだよ。」
さらに桃羅はやり投げの体勢から攻撃を仕掛けた。大悟は砂場に手を入れて、腕を砂で覆いガードした。
「お兄ちゃん、攻撃はしてこないの?」
「嫁入り前の妹を傷モノになんてできない。」
「嫁にならいつでもなってあげるんだけど。でももらってくれるのがお兄ちゃんなら傷モノはイヤだね。新品で渡したいよ。だからお兄ちゃんの攻撃はどちらにしても受けられないね。」
「ああ、その意気だ。もっともオレが嫁プレゼントを受けることはないだろうけど。」
「まだそんなこと言ってるんだ。攻撃ができない状態で地獄に行って戦えるの?ならばせめてパンチラ見てよ。」
「ならば見せろよ。」
「えっ。えええ?そ、そんなスケベな!お兄ちゃんの小えっち!」
「そうさ。オレはえっちなんだ。さあさあさあ。見せるんだ、スカートの中のお宝を!」
「い、いやだあ!」
後ずさりする桃羅に戸惑うことなく、大悟は桃羅のスカートを全力で捲った。桃太郎のイラストが街灯に照らされる。
「は、恥ずかしい!」
桃羅は昇天したが、逆にからだは地面と一体化した。
大悟と桃羅が戦っていた頃、同じ公園内で騙流と衣好花が睨み合っていた。
《宇佐鬼大悟の能力、発揮させるためにはおんぶズマン制度を使う必要ある。でもおんぶズマンはひとりだけ。だから同行者もひとりとなる。それ、まるの役割。》
「違うぞです。大悟たんと一緒に行くのはあたいだぜです。諸派とはいえ、魔法伝家家元であるに変わりない。土井家の名誉を上げるチャンスでもあるです。これは譲れない一線だです。絶勝の字。」
《家の話を持ち出すか。それならば無籠の家も同じ。本流から外れて落ちぶれているけど、魔法伝家としての誇り、失っていない。ダルマも毎日ちゃんと手入れして、いざという時に備えている。家のことだけではない。まる、大悟たちの言葉聞いた。大悟、もはやこれまでかも知れない。まる、お姫様抱っこ不足による栄養失調。どうしても1日1抱っこが必要。大悟のピンチ、まるのチャンスという空気、読んだ。だから勝負かける。だんまり。》
「その空気はたぶん変形してるです。大悟のピンチはあたいが助けてビッグヘルプを感謝されたら巨大な貸しを作って、ショタになってもらうという未来ありです。望曳の字。」
《そんな未来、黒板消しでデリートする。だんまり。》
「黒板消しゲームは得意なんだです。勝った方が大悟たんについていく。戦挙の字。」
額に文字が浮かぶや否や、刃渡り二メートルの剣を手に取って、刃の部分をツメで引いた衣好花。キィィという非常に耳障りな接触音が騙流の聴覚を掻き乱す。というより気分を著しく害した。ちなみに、この音は、人間に進化する前の猿が仲間に危険を知らせる叫び声だと言われる。警戒音であるがゆえに、人間には非常に嫌なものに聞こえるらしい。
《ぐあああ~。だんまり。》
騙流は声こそ出さないが、いつもの無表情筋肉を崩して歪めたレア顔を披露している。
「ぎひひひ。ただのツメではこんな音はでないぞです。ショボ魔法でツメを固くしてるんだです。苦しめ、苦しめです。他人の苦しみはあたいの喜び。イバラの道を歩いて行けば出血多量で、命辞の字。」
衣好花のショボい攻撃では出血する事はあり得ないので、騙流の命に別状はないが、騙流は膝から崩れて虫の息状態である。
「わははは。カンタンに勝利を手に入れたです。相手にとって不足があり過ぎたです。あと百回戦っても負ける気がしないぞです。普勝の字。」
衣好花は臭い息を吐く中年オヤジのように横たわる騙流を見下ろしている。
《そ、その言葉、いただく。言葉を軽んじるとヤケドする。だんまり。》
衣好花の傲慢な態度に、騙流はダルマを腰の回りに寄せてからだを立てて態勢を整えた。《まる、反撃を声高らかに宣言する。衣好花のショボい前途に、行灯を付けてやる。だんまり。》
「明るくしてどうするんだです。意疑の字。」
《これから真っ暗な冥府に送り込まれる、だからせめて足元くらい、見えるようにしてやる。だんまりやめっ!》
騙流の気合いとともにダルマたちが一カ所に集結、何かを形作り、やがて赤いバットとなった。
作品名:俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第二章・第一話】 作家名:木mori