「空蝉の恋」 第三十話
「内田さん、ひょっとして旦那さんに女性が出来て、早く離婚したかったんじゃないのでしょうか?ボクにはそんなふうに思えます」
「店長、そうなんでしょうか。お友達にもそう言われました。だとしたら、私は惨めです」
「今となっては解らない方が幸せなのかも知れないけど、そうだとしたらしっかりと慰謝料が取れるから、よく考えた方が良いよ」
「慰謝料ですか・・・私たちはそれぞれの相続については取り決めをしていて、お互いに署名捺印しているんです。変更には裁判が必要だと思われますので、たとえ夫の不倫が解ってももういいかなあと決めています」
「寛大なんですね、内田さんは。私には無理です。不倫なんて裏切り行為だし、許されることではないので、徹底的に戴くものを戴いて離婚します。たとえ裁判が長引いても引きません」
初めて斎藤が意見を言った。
「私は早々に揉めないで協議離婚された内田さんは立派だと思います。離婚は長引けば精神的に参るし、弁護士に言われて最後は妥協するしかなくなってしまう。
お金だけが失うものではありません。精神を病んで鬱にでもなったらそれこそ人生が台無しです。自分の人生ですから、さっさとカタをつけて、先に歩み出すことが肝要だと思いますよ」
「斉藤さん、女が一人で生きてゆくのは大変なんですよ。内田さんはそう言う部分では恵まれているので、簡単に離婚が出来たんだと思いますけど、違いますか?」
吉岡は尚も食いついてきた。
「お金のことは私も正直迷いました。結婚してからずっと専業主婦でしたからね。二年後に卒業する娘が一緒に暮らしてくれると言いましたので、踏み切れました。そう言う点では恵まれているのかも知れません。夫は娘の扶養義務だと思ったのか、卒業までは自宅を手放さないと約束してくれました。問題はその後の私たちの暮らしでしょうか」
「へえ~そう言う約束をしてくれていたのですか。旦那さんはいい人じゃないですか。ひょっとして離婚の原因は内田さんの方にあるんじゃないんですか?」
「吉岡さん、それは私が不倫でもしたということを言われるのですか?」
「そこまでは言いませんが、夫が不倫するようなことになった原因があるのではないかと思ったまでです。間違っていたら許してください」
「夫が不倫をするような原因ね。あるとすれば、転勤した東京へ付いて行かなかったことでしょうか」
「それが原因なら、うちの夫はもうとっくに不倫していると思います」
みんなが大笑いした。緊張していた場の空気が和んだ。
作品名:「空蝉の恋」 第三十話 作家名:てっしゅう