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鏡台

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日常の謎系、パズル・ミステリっぽい変則ミステリ。フェアじゃない叙述トリック。騙されたい方はご一読下さい。
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 寒さがこたえる日だった。

 希(のぞみ)と一緒に都内某所まで遊びに来ていた。私はポケットに手を入れ、首をすくめてマフラーにアゴまでうずめながら歩いていたが、白い息を弾ませながら歩く希はなにやら楽しげに見えた。
 この寒いのに……。
 引きこもってないで、と言われ、半ば無理矢理に外出させられる形となったのだった。
「うう……、寒い……、ってゆうか、希、さ、寒くないの?」
「子どもは風の子!ほらミキ、背中丸めてないで、しゃきっと歩きなって」
「そんなおばさんみたいなことを……」
「誰がおばさんだって?」
「ああ、ごめんごめん」
 はは、と笑ったものの、寒さで口がうまく回らない。手もかじかんできた。
「今日はミキの就職……いや、内定祝いなんだから」
 祝われるのは嬉しいけど、わざわざ寒い中を引っ張り出されては厭がらせとしか思えない。
「ねえ、どこか店に入ろ……」
「あ!」
「なに希……」
 私の問いかけを無視して、希は走った。
「松田さん!元気してた?」
 ふと見ると、中年の男性がいた。コートこそ着ているが、やはり寒そうに立ちすくんで、希の姿を見るや、やあ、と笑いかけた。
 古びたコートにボサボサの髪型が、やつれた顔を、よりいっそうくたびれさせて見える。
「相変わらずやってんのね?」
 私が追いついた時、希が中年男性にそう話しかけてるところだった。
「まあね。今日は遊びにここまで?」
 松田という男が私に気づいて言った。私は目だけで会釈した。
「あ、うん。こちら、ミキ」
「どうも……」
 頼んでもないのに紹介してくれた。
「あ、そうだ、いいこと思いついた!あの事務所行こ。あたし疲れたし休みたいのよね。ちょうど良かった!どうせ松田さんも暇でしょ」
 ひどい言われようだ。
 希の『いいこと思いついた』は大抵ろくなことじゃない。
「ええ……?ちょっと希!」
 この松田さんが何をしている人か知らないが、希はいつも人を振り回す子であるので、さすがに迷惑じゃないか、と引き止めようとした。
「え……おれも暇なわけじゃ……、ああ、ちょっと待って」
 松田さんは腕時計を見た。
「ねえ、それ癖なの?」
 希は目ざとくそれを見ていた。それから、松田さんは自分のことを「私」じゃなく「おれ」って言うのね、本性あらわした、とも言っていた。
 松田さんは、
「おれに飯、奢らせる気だろ?」
 笑いながら言った。
 的を射ていた。
 ちょうどお昼時だったのだ。


 私は、そういえば朝から食パン一枚しか食べてなかったな、と思い出したら、急にお腹がすいてきた。
 お腹が、ぐう、と鳴った。
 このタイミングで……。
 心の中で舌打ちをした。
 恥ずかしいったらない。
 黙って俯いていると、希が言った。
「決まりだね」
 目ざといだけじゃなく、耳も良いようだ。



 私と希は松田さんに、近くのデパートのレストラン街で奢ってもらい、そのまま『事務所』へ行くことになった。

 デパートで温まった体も、また冷え冷えした外気に晒されて歩くことになり、またマフラーをぐるぐる巻いて歩いていた。
 しばらく歩いていくとマンションに着いた。ここよ、と希が言った。

「久しぶりに来たけど、相変わらずボロいわねえ」
 希は遠慮のないところを言う。
「ねえ希……」
 私は小声で言った。
「何してる人なのよ?」
 どう見ても事務所というよりは、マンションの一室だった。不審に思った。松田の風貌からして、何をしている人かも分からないのだから。
 その時、すっ、と名刺を差し出したのは松田だった。

 《心の友の会 会長 松田俊介》

 にこり、と松田は笑った。
 営業用スマイルだ。
 それを見て、ますます不信感が募った。

「おじゃましま〜す」
「ちょ、ちょっと希……」
 つられるようにして、室内へ入った。


 これが、私と松田さんとの出会いだった。







 就職先も決まり、色々と落ち着いたころに、ふと思いついたように事務所へ行くことにした。
 あれから事務所にはよく行っていて、松田さんとも仲良くなったのだった。
 かなり警戒していたのだが、その活動内容はともかく、人となりを知るにつれ、怪しい人という印象はなくなっていた。
 だが、
「松田さんさ、もうちょっと部屋、きれいにしたら?」
 事務所に着くなり私は言った。あまりの無精さに呆れてしまう。
 本やら何やらでごったがえした事務所室内を見回した。来客があるとは信じ難いほど雑然とした部屋だった。

「あ? ああ……、これで結構、過ごしやすいんだがね、おれは」
 ボサボサの頭を掻きながら答えた。
「ほら、必要な物がすぐ手に届く」
 言って、どこからか立方体の箱を取り出した。必要な物には見えない。
「なにそれ? ……もう、そういうガラクタばかりとっておくから散らかるんじゃない」
「はは、ガラクタとはひどいな。これは貯金箱」
「貯金箱って……、使ってないじゃない」
 見ると、空だった。
「いや、使ってるよ。ほら」
 振ると、じゃらじゃらと音がした。
「え!?」
 どう見ても何も入ってない、私が見てる一面だけ透明なプラスチックか何かで出来ているただの空箱だった。
 どうなってるの?
「ちょっと見せて! ……あっ!」
 そういえば、こういうの見たことある、と思い出した。
「これ、鏡になってるんでしょ、ここの部分」
 側面から見て、対角線を指でなぞりながら言った。
 立方体の正面から見るとまるで空箱のように見えるように、側面から四十五度の角度で中に鏡がある。
 鏡に対称に映っていて、不自然に見えないような模様も描かれている。
「子どもじゃないんだから……」
 私が言うと、
「こういうのが好きなんだよねえ……、あとこれとか」
 松田さんは次に、私の正面にある、妙な四つ足の台に行き、向こう側に身を隠すようにした。
 あっ、と小さく声をあげて驚いた。
 生首、に見えた。
 四つ足の台に頭を乗せている。台の下には胴体が無い。松田は笑いながら、
「びっくりした?」
 どうなってるのか、考えていたら、よいしょ、と腰をあげながら松田はさらに続けた。
「ほら」
 よく見ると、また鏡だった。私から見て、正面から左にも右にも、四つ足の足元には鏡があった。
 そういえば、そのあたりだけ妙に片付いている。
 この部屋はいったいどうなっているのか。
「もう……、昨日のテレビでやってた本怖(『本当にあったか疑わしい上に怖いかどうかも微妙な話』という番組名の略称)、思い出しちゃった……季節外れよ。怖い話とかやめてよって感じ」
 怖いのは苦手なくせに、見てしまうのだ。私は幽霊は、絶対にいないとは思っていない。ただ私は見たという経験がない。霊感がないのだろう。それでも怖いものは怖い。
「ああ、それで今日は」
 松田さんがやっと案件を思い出したように言った。
「怖い思いをしたとかっていう相談しに来たんだっけ?」
作品名:鏡台 作家名:行平