宝の在り処
メッセージ性はありません。
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プロローグ
「宝探しの地図なんですけど」
春日部卓(かすかべすぐる)は、会社の休憩室で同僚と話をしていた。
「馬鹿馬鹿しい。子どもじゃあるまいし」
小川康史(おがわやすし)は、そう言うと、ふう、と煙草の煙を吐き出した。
「そうですか」
卓が地図をポケットにしまおうとすると、
「あっ、待て待て、ちょっと見るだけ見たいから」
康史は慌てて煙草をもみ消して、地図をひったくるようにした。
少し眺めてからすぐに、卓に返した。
「誰から?」
「それがですね、直にポストに入れたみたいで、誰だか分からないんですよ」
「近所の子どもの仕業だろ。宝の地図とはね。おおかたがらくたでも」
ぶつぶつ言っている康史を尻目に、卓は、
「僕は今夜、行きますけどね」
休憩時間が終わるから僕はこれで、と言ってその場を後にした。
その日の夜。
地図の場所は、前日の雨で地面がぬかるんでいた。
卓は、長靴とスコップという完全装備。
「結局、来たんですねえ」
と卓は言った。
康史は実際には興味津々だったようだ。
康史は、がっしりした体躯で見た目はいかつい。反対に、卓は小柄だった。だから今回、地面を掘る体力仕事ということで康史に声をかけたのだった。
康史の、いかつい見た目と、好奇心旺盛な子どもっぽい内面とのギャップがおかしくて、卓はクスクス笑った。
「うるせえよ」
「ああ……すみません……」
「で、どうだ」
康史が訊いた。
「どう、と言いますと?」
「ありそうかって言ってんだよ」
少し苛立たしげに康史は言った。
卓はいったんスコップを懐中電灯に持ちかえて、屈んだ。
「ええ……、なんか、それらしいものがありますねえ……」
「本当か!? どれ」
康史も手を止め、地面を見る。
「ううん……これは」
と卓。まじまじとそれを見ている。
「……? これは……なんだ?」
康史には、それが何なのか分からなかった。
「そうですね……、見た感じ、人の指のようですねえ……」
「……!?」
地面から、人の指が生えていた。
雨が降った後で土が流され、指だけが地表に露出していたようだった。
二人は、しばらく沈黙した。
居酒屋にて(一)
熊谷浩介(くまがいこうすけ)は、日高武(ひだかたける)と居酒屋にいた。
「宝の地図?」
武の話を聞いていた浩介は、いぶかしげに聞き返した。
「そう。ポストに入ってたんだけど」
「子どものいたずらじゃないの」
「そうだよね……君の出る幕はない、か」
大学生のころから、独立すると息巻いていた浩介は、事務所を構えていた。
独立したい理由が『会社勤めがいやだから』だったからか、立ち上げたのは会社ではなく、探偵事務所だった。
「徳川の埋蔵金でもあれば別だけどな」
「そんなに儲からないの?」
「慎ましく生活してるよ」
「そんなものかあ」
「知り合いのつてに頼ってるところが大きいかな。松田俊介ってやつからたまに話が転がりこんでくる。あいつは東京で。埼玉県の事案は俺んとこってわけだ」
「ふうん」
武は、松田が誰かは知らないし興味もなかったが、浩介にはそれなりに人脈があるのだろう、と思った。
「最近また東京に行ったんだぜ」
自慢気に言う浩介に、武は、
「東京に行ったことを自慢すると田舎者だと思われるよ」
と釘を刺した。
浩介は顔をしかめた。
「探偵っていうと名前は格好いいけど、浮気調査とかばっかだ」
と浩介は愚痴をこぼした。それから苦々しい顔で、不味そうにビールを飲んだ。
武もつられるようにしてビールを口に運んだ。
二人は大学生のころ同級生で、卒業してからも、時々こうして呑みに行くのだった。
空になったグラスを見て、武はビールを追加注文した。
所沢弘志と紀子
所沢弘志(ところざわひろし)は会社からの帰り道を、疲れきって歩いていた。ふと前方を見ると、弘志の妻、紀子(のりこ)がこちらへ向かってくることに気づいた。声をかけようとして、思いとどまった。
隣に男がいることに気づいたからだ。
浮気か?
猜疑心がむくむくと湧いてくる。
思わず身を隠した。 踵を返して、少し遠回りして帰ることにした。
家に着き、夕食を済ませてから、さりげなく問い質してみた。
「そういえば紀子、今日どこかに出かけたのか」
紀子は一瞬、思考を巡らせるような顔をして、
「あら、友達と出かけるって言わなかったけ?」
と言った。
「友達」
「ええ」
「ふうん」気にも留めていないようなふりをして、それ以上追及しないことにした。「今日は疲れたから、寝るわ」
「そう」
紀子は振り返りもせずに返事をした。
寝室へ入ると弘志は、紀子の携帯電話をこっそり確認した。
上尾真二。
あの男の着信がある。
あの男が紀子を誘った……?
そういえば、まさか。
「宏子は俺の子か」
寝室に入って来た紀子を確認するなり、弘志は、三歳になる娘、宏子(ひろこ)のことを訊いた。
「……何を言い出すのよ」
紀子は心底、驚いたふうだった。
「いや、なんでもない」
何を言っているんだ俺は。
弘志はバツの悪さを感じた。
「ねえ……」
「なんだ」
「あなた、疲れてるの?」
「そんなことはない」
「変よ……」
「変?」
「なんだか、最近のあなた、怖い……」
「怖い? 俺が?」
「殺気だってるっていうか……神経質になってるんじゃないかって、上尾君も」
そこまで言って、紀子は口をつぐんだ。思わず不用意な発言をしてしまい、慌てたようだった。
「あの男が、何だって?」
紀子は返事をしなかった。
二人とも互いに背を向けた格好でベッドに寝転がっていた。
三人は大学生のころに知り合った。
真二は外向的な性格で友人も多く、成績も優秀だった。
内向的な弘志は、そんな真二に、いつも劣等感を覚えていた。
紀子の交友関係は当時から広く、男友達も多かった。
今でも、女友達と泊まり掛けで遊びに行くことも珍しくない。
だから何も疑わしいことはないんじゃないか。あの二人には何もない。俺の勘違いだ。
弘志は必死で疑惑を打ち消した。
とりとめもなく考えていたが、ようやくのことで睡魔がやってきて、眠りに落ちた。
数日後。
弘志は少し早めに帰宅した。頭が重く、体調がすぐれなかった。
家の近くまで来た、その時、玄関の前に、真二の姿を見た。
決定的だ、と思った。
やはり、二人は。
弘志は、帰っていく真二を、気づかれないよう遠くから睨んだ。
ふっつり、弘志の中で、何かが切れた。
家に入って間もなく、また紀子の携帯電話を確認した。
上尾真二。
発信。
数回のコール。
「……はい」
居酒屋にて(二)
「そういやあ……」浩介が、ふと思い出したように言った。「弘志って覚えてるか、所沢弘志」
「ああ、あの大学の同級生の……そんな奴いたっけ」
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プロローグ
「宝探しの地図なんですけど」
春日部卓(かすかべすぐる)は、会社の休憩室で同僚と話をしていた。
「馬鹿馬鹿しい。子どもじゃあるまいし」
小川康史(おがわやすし)は、そう言うと、ふう、と煙草の煙を吐き出した。
「そうですか」
卓が地図をポケットにしまおうとすると、
「あっ、待て待て、ちょっと見るだけ見たいから」
康史は慌てて煙草をもみ消して、地図をひったくるようにした。
少し眺めてからすぐに、卓に返した。
「誰から?」
「それがですね、直にポストに入れたみたいで、誰だか分からないんですよ」
「近所の子どもの仕業だろ。宝の地図とはね。おおかたがらくたでも」
ぶつぶつ言っている康史を尻目に、卓は、
「僕は今夜、行きますけどね」
休憩時間が終わるから僕はこれで、と言ってその場を後にした。
その日の夜。
地図の場所は、前日の雨で地面がぬかるんでいた。
卓は、長靴とスコップという完全装備。
「結局、来たんですねえ」
と卓は言った。
康史は実際には興味津々だったようだ。
康史は、がっしりした体躯で見た目はいかつい。反対に、卓は小柄だった。だから今回、地面を掘る体力仕事ということで康史に声をかけたのだった。
康史の、いかつい見た目と、好奇心旺盛な子どもっぽい内面とのギャップがおかしくて、卓はクスクス笑った。
「うるせえよ」
「ああ……すみません……」
「で、どうだ」
康史が訊いた。
「どう、と言いますと?」
「ありそうかって言ってんだよ」
少し苛立たしげに康史は言った。
卓はいったんスコップを懐中電灯に持ちかえて、屈んだ。
「ええ……、なんか、それらしいものがありますねえ……」
「本当か!? どれ」
康史も手を止め、地面を見る。
「ううん……これは」
と卓。まじまじとそれを見ている。
「……? これは……なんだ?」
康史には、それが何なのか分からなかった。
「そうですね……、見た感じ、人の指のようですねえ……」
「……!?」
地面から、人の指が生えていた。
雨が降った後で土が流され、指だけが地表に露出していたようだった。
二人は、しばらく沈黙した。
居酒屋にて(一)
熊谷浩介(くまがいこうすけ)は、日高武(ひだかたける)と居酒屋にいた。
「宝の地図?」
武の話を聞いていた浩介は、いぶかしげに聞き返した。
「そう。ポストに入ってたんだけど」
「子どものいたずらじゃないの」
「そうだよね……君の出る幕はない、か」
大学生のころから、独立すると息巻いていた浩介は、事務所を構えていた。
独立したい理由が『会社勤めがいやだから』だったからか、立ち上げたのは会社ではなく、探偵事務所だった。
「徳川の埋蔵金でもあれば別だけどな」
「そんなに儲からないの?」
「慎ましく生活してるよ」
「そんなものかあ」
「知り合いのつてに頼ってるところが大きいかな。松田俊介ってやつからたまに話が転がりこんでくる。あいつは東京で。埼玉県の事案は俺んとこってわけだ」
「ふうん」
武は、松田が誰かは知らないし興味もなかったが、浩介にはそれなりに人脈があるのだろう、と思った。
「最近また東京に行ったんだぜ」
自慢気に言う浩介に、武は、
「東京に行ったことを自慢すると田舎者だと思われるよ」
と釘を刺した。
浩介は顔をしかめた。
「探偵っていうと名前は格好いいけど、浮気調査とかばっかだ」
と浩介は愚痴をこぼした。それから苦々しい顔で、不味そうにビールを飲んだ。
武もつられるようにしてビールを口に運んだ。
二人は大学生のころ同級生で、卒業してからも、時々こうして呑みに行くのだった。
空になったグラスを見て、武はビールを追加注文した。
所沢弘志と紀子
所沢弘志(ところざわひろし)は会社からの帰り道を、疲れきって歩いていた。ふと前方を見ると、弘志の妻、紀子(のりこ)がこちらへ向かってくることに気づいた。声をかけようとして、思いとどまった。
隣に男がいることに気づいたからだ。
浮気か?
猜疑心がむくむくと湧いてくる。
思わず身を隠した。 踵を返して、少し遠回りして帰ることにした。
家に着き、夕食を済ませてから、さりげなく問い質してみた。
「そういえば紀子、今日どこかに出かけたのか」
紀子は一瞬、思考を巡らせるような顔をして、
「あら、友達と出かけるって言わなかったけ?」
と言った。
「友達」
「ええ」
「ふうん」気にも留めていないようなふりをして、それ以上追及しないことにした。「今日は疲れたから、寝るわ」
「そう」
紀子は振り返りもせずに返事をした。
寝室へ入ると弘志は、紀子の携帯電話をこっそり確認した。
上尾真二。
あの男の着信がある。
あの男が紀子を誘った……?
そういえば、まさか。
「宏子は俺の子か」
寝室に入って来た紀子を確認するなり、弘志は、三歳になる娘、宏子(ひろこ)のことを訊いた。
「……何を言い出すのよ」
紀子は心底、驚いたふうだった。
「いや、なんでもない」
何を言っているんだ俺は。
弘志はバツの悪さを感じた。
「ねえ……」
「なんだ」
「あなた、疲れてるの?」
「そんなことはない」
「変よ……」
「変?」
「なんだか、最近のあなた、怖い……」
「怖い? 俺が?」
「殺気だってるっていうか……神経質になってるんじゃないかって、上尾君も」
そこまで言って、紀子は口をつぐんだ。思わず不用意な発言をしてしまい、慌てたようだった。
「あの男が、何だって?」
紀子は返事をしなかった。
二人とも互いに背を向けた格好でベッドに寝転がっていた。
三人は大学生のころに知り合った。
真二は外向的な性格で友人も多く、成績も優秀だった。
内向的な弘志は、そんな真二に、いつも劣等感を覚えていた。
紀子の交友関係は当時から広く、男友達も多かった。
今でも、女友達と泊まり掛けで遊びに行くことも珍しくない。
だから何も疑わしいことはないんじゃないか。あの二人には何もない。俺の勘違いだ。
弘志は必死で疑惑を打ち消した。
とりとめもなく考えていたが、ようやくのことで睡魔がやってきて、眠りに落ちた。
数日後。
弘志は少し早めに帰宅した。頭が重く、体調がすぐれなかった。
家の近くまで来た、その時、玄関の前に、真二の姿を見た。
決定的だ、と思った。
やはり、二人は。
弘志は、帰っていく真二を、気づかれないよう遠くから睨んだ。
ふっつり、弘志の中で、何かが切れた。
家に入って間もなく、また紀子の携帯電話を確認した。
上尾真二。
発信。
数回のコール。
「……はい」
居酒屋にて(二)
「そういやあ……」浩介が、ふと思い出したように言った。「弘志って覚えてるか、所沢弘志」
「ああ、あの大学の同級生の……そんな奴いたっけ」