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②残念王子と闇のマル

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自死


しばらく馬を走らせ街道に出ると、王子は水飲み場へ行き、リンちゃんから降りた。

そして、水筒の水を捨てると新しく入れ直し、リンちゃんにも水を飲ませる。

「おいしい?リンちゃん。」

リンちゃんの首や背中を撫でながら、王子は笑顔で話しかける。

私は星から降りると、そんな王子を遠巻きに見つめた。

すると、王子が近づいてくる。

とたんに全身が緊張して、王子から目を逸らしてしまう。

「星も、喉渇いたろ?」

王子は優しい声色で星に話しかけながら、水を飲ませてくれているようだ。

「こっちにおいで。お昼にしよう。」

王子は言いながら、星を連れて行く。

横目で見ると、リンちゃんと星が並んで街道脇の草を食み、王子もそこに腰掛けて、宿で貰ったお弁当の包みを開くところだった。

私は星へそっと歩み寄ると、鞄からお弁当を取り出し、王子から数メートル離れたところへ腰をおろす。

「おいしいね~。」

王子がいつも通りの口調で、リンちゃんと星に話しかけている。

本当は、今すぐ樹上へ逃げたい。

王子から『失せろ』と言われたら、即座にそうするつもりだ。

けれど、王子は何も言わない。

何も訊かず、何も話してこない。

けれど、私の腕を掴んで連れて来てくれた。

(王子から疎まれない限りは、たとえ無視され続けても…おそばにいたい。)

逃げて消えてしまいたいけれど、やっぱり王子から離れたくない…激しく葛藤しながら食べるお弁当は、何の味もしなかった。

王子は木陰でしばらく休んだら、またリンちゃんに跨がる。

「さ、夕方までに宿に入らないといけないから、頑張ろうね。リンちゃん、またよろしく。」

王子はリンちゃんと星の頭を撫でると、リンちゃんと先に歩き出した。

私も水筒のお水を入れ替えると、王子から距離を取りながら後ろをついていく。

王子は街道を行きながら、日陰があるとそちらを通る。

すると、星もそれに倣って日陰へ寄る。

まるでこちらを日陰に導いてくれているように感じるのは、都合の良い身勝手な解釈だろうか。

日が暮れる頃、私たちは何も話さないまま、2日目の宿に着いた。

宿の厩舎へ2頭を預けると、王子が部屋を手配しに行く。

今夜は、どこで寝ようか…。

(寝袋を持ってきておいて、良かった。)

ぼんやり考えていると、突然、腕を掴まれた。

「来な。」

王子の気配にすら気づけないほど、今の私はボロボロだった。

(今襲われたら、殺されるな。)

王子に腕を引っ張られながらそう考えると、暗い笑いがこみ上げてきた。

(殺されるのも、いいな。誰か、殺してくれないかな。)

「…もう、死にたい…。」

心の中で呟いたのか口をついて出たのかわからないほど、私は精神的に追い詰められていて、意識が朦朧としている。

ぼんやりしていると、部屋に着いた王子が乱暴に私を部屋へ放り込み、荒々しく扉の鍵を閉めた。

そして腰の剣を抜いて、私の喉元へつきつける。

「死にたいなら、死ねば。」

王子の冷ややかな声と視線に、私の心は妙に冴え渡った。

(王子がそう言ってくれるなら…。)

私はその剣の切っ先に、迷いなく自分の喉を突き刺した。

鈍い痛みと共に、剣が喉に食い込む。

その瞬間、王子は苦しげに表情を歪ませ、そのまま剣を放り捨てた。

そのせいで、私の喉に浅い傷を作っただけにとどまる。

「…くそっ。」

王子は苦しげに言い捨てると、私に背を向けた。

王子はしばらくそのままジッと立ち尽くしていたけれど、何か思い立ったのか、大股で鞄のほうへ歩いていく。

そして着替えを取り出すと、私の腕を乱暴に掴み、部屋の浴室へ入った。

(…え!?)

脱衣所で王子は服を手早く脱いで、全裸になる。

その女性的な美しい顔からは想像できない、鍛えあげられた筋肉質な逞しい体が露わになり、私はサッと顔を逸らした。

「そうやって、初心(うぶ)なふりするんだ。」

王子は渇いた笑い声を立てると、私の服に手を掛ける。

「…っ、い…嫌っ、王子!!」

胸元を押さえ逃れようとするけれど、天井裏もない密室の浴室では逃げ場がない。

「…『王子』?」

王子の低い怒りのこもった呟きが聞こえた瞬間、私はあっという間に服を剥ぎ取られた。

そしてそのまま浴室へ引きずり込まれ、シャワーを頭からかけられる。

王子は石鹸を泡立てると、私の頭と体をゴシゴシ洗い始めた。

「い…たい、王子。皮がむけ…」

「皮を剥ぎたいくらいだ!」

王子は自らも頭からシャワーをかぶりながら、低く呟く。

ハッとして王子の顔を覗きこむと、それはシャワーのお湯なのか涙なのか…ぐしゃぐしゃの顔で、必死に私の体をこすっていた。

「な…で、…なんで、…なんでそんな仕事してたんだよ!!!」

王子がついに涙声で叫んだ。

その声で、初めて私の両瞳から涙が溢れだす。

王子は私の涙を見ると一瞬目を大きく見開いた。

けれどすぐに目をぎゅっと瞑り、歯を食い縛りながら、私にシャワーをかける。

乱暴なのに、涙も石鹸も、全て洗い流してくれる王子…。

されるがまま身を委ね、王子の顔をジッと見つめる私ともう一度視線を交わした王子のエメラルドグリーンの瞳は、どこまでも澄んでいて美しい。

その瞳は、私を軽蔑したり嫌悪するような色はなく、ただただ苦しそうに揺らいでいた。

「…全部…全部、嘘だったのか!?口づけに抵抗したのも、触れられると恥ずかしそうにしていたのも、怖がっていたのも、全部演技だったのか!?」

そこまで言うと、王子はシャワーを止め、私を乱暴に抱きしめる。

「僕を好きだって言ったことも…全部…この3年間も…全部…。」

最後は嗚咽に混じり、よく聞き取れなかった。

私も横隔膜が痙攣し、しゃくり上げて泣いてしまい、言葉が思うように出ない。

本当は王子に抱きつきたかったけれど、汚れた体だと王子にわかってしまった今、それはできなかった。

私は一生懸命深呼吸すると、王子に伝える。

「一人前の…忍になる時、…その儀式として…忍は男女関係なく…血族以外の里の全員と………………関係を…持たなければいけなかったんです…。」

王子が私を抱きしめる腕の力を緩め、私から体を離した。

「…任務の内容次第で…誰にでも体を開か…ないといけないことも…あるからと…いうことと…万が一…犯される…ことがあっても…精神的ダメージを…軽くするため…という理由で…。」

王子はあまりの驚きに、目を見開いて私をジッと見つめている。

「それからは…諜報の任務の時は…体を開かざるを得ないときもあったし…実際に犯されてしまったことが…あったのも…事実です…。」

私はグッと唇を噛み締めた。

「だから、王子のそばにいたいと思った時に、専属の護衛になりたい…って頭領に言ったんです…王子のそばにいながら…体を…もう汚したくなかったから…」

熱い涙が頬を止めどなく伝う。

「王子を好きな気持ちも、…王子が初恋なのも、…王子に触れられると恥ずかしくて…ちょっと怖くなるのも…くちづけが初めてなのも…全て本当です!」

私は王子の胸に手をつくと、自分で更に王子から距離を取った。
作品名:②残念王子と闇のマル 作家名:しずか