平安の月
第三章
佐兵衛に言われ、母子は納屋から離れに移った。笹は佐兵衛の言葉に甘え、しばらくの間、逗留させてもらうことにした。旅には慣れているとはいえ、やはり明日をも知れぬ日々は疲れる、落ちついた暮らしで元気を蓄えたかった。
屋敷で暮らし始めてすぐに、笹の薬草が効くという噂が流れ、薬草を買い求める村人が現れるようになった。そのため、笹は近くの山へ薬草取りに出かけなければならず、忙しい日々が続いた。しかし、食べるものは佐兵衛の屋敷で分けてくれるし、楓も光と遊んで手が離れたので、旅の時よりはずっと楽になった。
楓と光、同じ歳だが、対照的な子どもだった。
わがまま放題の光に何をされても、楓はまるで気にしない。物を壊した罪をきせられても、楓は自分がやったことにして謝った。与えられた食べ物を横取りされても、楓は快く譲った。
今まで友だちのいなかった楓にとって、同じ年頃の女の子は、どんな相手でも大切だったのだろう。それは光にとっても同じこと。だが、これまで何でも自分の思い通りになっていたので、楓に対しても、そのように振る舞うことしかできなかったのだ。
でもひと月もたつと、ふたりの関係が少し変わってきた。光は、楓に意地悪をすることをつまらないと思うようになった。楓のように、誰にでも優しくしてあげた方が、気持ちがいいとも気づいた。そして仲良く遊んだ方が、とても楽しいことが分かってきた。
同様に、最初のうち、笹をやっかいものが増えたように扱っていた使用人たちも、笹の人柄がわかってくると、しだいに言葉を交わすようになり、打ち解けていった。威張り散らすとめより、笹の方を慕うようにまでなった。
笹の薬草売りも順調で、子どもたちも仲が良く、穏やかな日々が続いた。
ところが、そんな中で笹は、佐兵衛が自分を後添えにと考えているのではないかと感じ始めた。何かにつけて、笹を特別扱いするようなっていたからだ。ここでの暮らしは今までの中で一番幸せである。でもだからと言って、佐兵衛と一緒になる気は毛頭ない。
(このままいたら、もし声をかけられた時に断れなくなってしまう。そろそろ旅に出よう)
そう思っていた時、佐兵衛から見世物を見に行こうと誘われた。ちょうどいい折なので、その時に旅立つ話をしよう、笹はそう心に決めた。