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平安の月

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第一章


 はるか遠い時代、貴族の暮らす都以外は野山に覆われ、その中に点在する集落で、庶民たちは細々と暮らしを営んでいた。
 どの家も小屋のような粗末な造りで、その家の軒先には、命を支える穀物や薪が無造作に置かれていた。擦り切れた着物を着た子どもたちはその周りを駆け回り、大人たちの帰りを待っている。
 大きい子どもが一緒ならば、野山を駆け回ることもできるが、ほとんどの場合、大きな子どもは働き手として、田畑に担ぎ出される。こうして民はみな、昼の間は追われるように田畑で働いた。
 そして、日が落ちると、辺りは漆黒の闇に閉ざされる。ただ、その澄んだ夜空に浮かぶ月は、多くの星を従えて煌々と輝いていた。その柔らかな光に包まれ、民たちはすき間だらけの家の中、一族みんなで身を寄せ合って眠った。
 
 
 ひとりの女が長旅の末、故郷の集落に帰ってきた。
 名は静香。その名は都でつけられたもので、ここでは笹と呼ばれていた。笹はこの村の長の娘で、幼き日、父親に連れられて都へ行った折、ある高貴な家で躾けられることになり、ひとりその家に残された。
 
 故郷や母親を想い涙しながらも、笹の耐える日々は過ぎていった。やがて、幼い子どもの面影は消え、美しい娘に成長した笹。そして一人前の女としての所作を身につけた笹は、その家の跡取り息子に見初められた。
 名を静香と改められ、屋敷の端に一部屋を与えられた。せわしなく、家の用に追われることはなくなったが、待っていたのはきれいな着物や飾りに囲まれ、何もすることもない退屈な日々だった。
 夜、縁側に出て、夜空を照らす美しい月を見ることが、静香の唯一の慰めとなった。幼き日より親元から遠く離され、甘えることも許されず、他家で厳しく育てられた。こうして部屋を与えられたといっても籠の鳥に過ぎない。
 そして何より、好きでもない男に仕えなければならないのが悲しかった。でも、若君は静香に優しかった。毎晩のように静香の元を訪れる若君。大好きな月を眺められる夜、それは同時に静香にとって辛い時間でもあった。当然、正妻の不満と嫉妬は積もっていった。
 そしてある日、静香は自分が身ごもっていることに気づいた。正妻が知ったらどんな目に合されるか……静香は、宿下がりを申し出た。しかし、静香に執心している息子が応じるわけはない。困り果てていると、なんとその息子は流行り病にかかり、あっけなく死んでしまった。
 貴族など身分の高い者たちは、労働をするわけでもなく日々遊び暮らしている。また、近親での婚姻が多いこともあってか、体の弱い者が多かった。こうして、静香は身重の体を隠して故郷の村へと帰ってきた。
 
作品名:平安の月 作家名:鏡湖