「空蝉の恋」 第二十七話
「そんないじわるな女じゃないですよ、私は。洋子には洋子なりの考えがあるという意味で言ったんです。明日話しますので、直接お聞きになってください」
私はこれほど冷静に話が出来るとは思わなかった。
自分の中で夫への気持ちがいかに冷めていようと、いざ離婚となると激しく動揺するのではないかと考えていた。
それはきっと夫の自分に対しての嫉妬心を感じられなかったからであろう。
淡々と私の浮気現場の話をする異常な精神がこれほどまでに気持ちを落ち着かせた理由だったと思う。
考えてみたら夫は私に対して妻としての役割には感謝してくれていた。
勿論、母親としてもそうであっただろう。
でも、女としては感謝されていなかった。つまり、好きという気持ちが感じられなかったように思う。
その事に対して、恨みを言うわけではないが、自分は夫に対して何も言ってこなかったし、夫の欲求には答えてきた。風邪引き気味でも求められたら相手をしてきた。
生理の時は口で出してあげていた。
私を感じさせてくれるには程遠い営みでも、夫婦の絆が一番大切だからと言い聞かせて、不満は口には出さなかった。
今自分の心の中にはっきりと自分が隠していた不満が顔を出していた。
50歳になって女としての残り少ない人生をこのまま知らずに終わらせたくない。
恵美子と知り合って、和仁さんと徳永さんとに出会えた。二人の若い男性から求められるぐらい自分は可愛いのだ。もっと自信を持つべきだ。
再婚ありきではないが、これから自由に恋愛をして、女として充実した人生を送りたいと離婚届を前にして考えていた。
翌朝、洋子に夫とのことを話した。もちろん和仁とキスをした現場のことは黙っていた。
自分たちは冷静に考えて協議離婚をするのだと付け加えた。
「離婚はパパとママが決めたことだから、私がどうこう言えないけど、ママが生活できなくなるようなことにはしたくないから、一緒に暮らそうね」
「うん、ありがとう。洋子にそう頼もうと思っていたわ」
「ママはどうするの?働かないといけないよね?」
「そうね、スーパーにでも応募してみようかしら」
「ええ?レジ係とか大変だよ。ねえ?斎藤さんに相談してみたら?」
「斉藤さんに?何故?」
「あの人、会社経営されているから、人が欲しいかも知れないし、顔が広そうだから探してくれるかもしれないって思った」
「そんなこと頼めないわよ。厚かましい・・・」
「ううん、私が優華ちゃんにそれとなくいうから、きっと斎藤さんから連絡が来ると思うの」
「何故そう思うの?」
「だって、ママの事気に入っているんだよ。知っているでしょ?」
「15歳も年が違うのよ。何言っているの」
「ママの頼みなら、聞いてくれるって・・・パパにぎゃふんって言わせないとね」
洋子は何を考えているのだろうかと考えさせられるような返事だった。
作品名:「空蝉の恋」 第二十七話 作家名:てっしゅう