①残念王子と闇のマル
王子の成長と門出
いよいよ、王子と二人旅に出る。
あの舞踏会の後、王子は自ら各国の王宛に国内を視察させてほしい旨の手紙を出した。
今回の旅では、その許可を頂けた国を順に訪れる予定のようだ。
その手紙も国際共通語で書かないといけないし、それぞれの国の訪問でも必要になるため、王子は半年かけて猛勉強し、今ではすっかり流暢に喋れるまでになった。
そして視察で必要になるだろう各国の文化や風習、歴史や経済などなど、膨大な量の勉強をしていた。
(あの勉強嫌いの王子がなぁ…。)
しかも今回の準備はすべて、王子が自ら行い、私は自分の旅支度のみするよう言われた。
更に、私に甘えないように、とのことで、出発当日まで会わないと宣言までされていた。
(王子が少しずつ、確実に成長している。)
王位継承者として自覚を持ち始めた王子の成長はすごく嬉しい反面、正直、寂しさも少し覚える。
(これって、母親の気持ち?)
なんだか複雑な気持ちになりながらも、王子との二人旅に心が浮き立っているのも正直な気持ちだった。
(遊びに行くわけじゃないんだから!)
私は思わず緩んでしまう頬を引き締めるけれど、もうすぐ半年ぶりに王子に会える喜びで、全く引き締まらない。
この半年間、陰から護衛はしていたけれど、従者として身の回りのお世話などは一切させてもらえず、会話どころかまともに会うこともできなかった。
いつもほぼ後頭部を眺めるだけだった王子ともうすぐ会えて、ずっとそばに堂々といることができると思うと、どう頑張っても頬は緩むばかりだ。
騎士の厩舎で、私が荷物を愛馬・星(ほし)に持たせていると、扉が開く音がする。
「マル!!」
王子がリンちゃんを連れて、厩舎へ入ってきた。
「王子!」
頬が引き締まらないまま、王子をふり返った瞬間、風のように駆け寄ってきた王子に力強く抱きしめられる。
「やっと会えた…。」
王子は少し掠れた声で呟くと、大きく息を吐く。
そして私を抱きしめていた腕を解き、顔を覗きこんできた。
「半年ぶりのマルだ♡」
私の両頬をその大きな掌で包み込みこみ、融けるように甘く微笑む。
「マルも、半年ぶりに僕に会えて嬉しい?」
徐々に熱を帯びていくエメラルドグリーンの瞳に、私の心臓の鼓動は一気に加速した。
頬が燃えるように熱くなるのを感じながら、私は訓練して身に付けた鋼鉄の心を必死で手繰り寄せる。
「私は毎日護衛で、王子を頭上から見守っていたので、特に新鮮さはないですね。」
敢えて冷ややかに言うと、王子は驚いたように一瞬目を見開いた。
そして、これ以上ないくらい満面の笑顔を見せ、再び強く抱き締める。
「あ~♡マルだ!!」
言いながら、私の左頬へ口付けてきた。
「ちょっ、なにすんですか!」
照れ隠しに抵抗するふりを見せるけれど、その抵抗が本気じゃないと見抜いた王子は構わず右頬へ口付ける。
「やーっぱこのS具合がないとね!この半年、刺激が足りなくて毎日つまんなかったよ~♡」
そして、私の顔を熱を帯びた瞳でジッと見つめてきた。
「もうすっかりマル中毒だな、僕。」
(!)
この瞬間、全身が心臓になったかのようにドクドクと激しく脈打ち始める。
「あ…の、王っ!」
私の言葉を呼吸ごと飲み込むように、王子は唇を重ねてきた。
そして開いていた口にするりと舌を滑り込ませ、濃厚な熱い口付けをする。
半年ぶんの想いをぶつけるように、深く熱く長く私を味わうように口付けられ、身体中に甘い痺れが走った。
「…はっ…、お…うじ、はやくいかないと」
息継ぎしながら王子の胸を押し返すけれど、王子は私の腰と後頭部を強く引き寄せて更に唇を重ねる。
「もうちょっと…」
舌を絡めながら、王子が切なく呟いた。
「…マルが足りない…。」
全身に甘い痺れが走り、王子に背中や腰を撫でられるたびに甘い声が呼吸と共に漏れる。
二人の呼吸がだんだんと荒くなり、そのお互いの呼吸さえも漏らさないように深く唇を重ねているところへ、突然厩舎の扉が開かれ騎士が入ってきた。
「マル、王子様がどこに行かれ…わっ、星とリンちゃん!?」
どうやら気を利かせた星とリンちゃんが目隠しに立ち塞がってくれたようだ。
王子は私を解放すると、親指で自分と私の唇を拭う。
「さて、行きますか。」
そして、笑顔で私へ手を差しのべた。
「いや、手なんか繋ぎませんから。」
私が照れ隠しに冷ややかな口調で言うと、王子が嬉しそうに笑う。
私たちの話し声で騎士は王子もここにいることがわかったようで、馬越しに声をかけてきた。
「王子様、王様がもうすぐいらっしゃるそうですよ!」
私たちは顔を見合わせ、あたふたとそれぞれの馬の手綱を取る。
そして二人で厩舎を出ると、そこには騎士や女官、侍従たちが城門までずらりと並んでいた。
その中には、舞踏会のドレスを仕立ててくれた女官もいる。
女官はエプロンで涙を拭っていた。
(王子が生まれる前から、ずっと見守ってきたんだもんね…。)
私は女官に近づくと、その手をそっと握る。
「大切な王子を、お預かりします。」
すると女官は、私をガシッと力強く抱きしめた。
「あんたも大事だよ!マル!!」
そして、王子を見ながら涙声で私に言う。
「王子がつまみ食いしたり、遊んだり、浮気したりしたら、放ったらかしてすぐに帰っておいでよ!」
(つまみ食いに遊びに浮気…全部同じことじゃん。)
思わず吹き出すと、王子がばつの悪そうな顔で女官を軽く睨んだ。
「もう遊ばないよ。だって、僕はマルしか愛せないから。」
王子の言葉に、一斉に冷やかしの歓声があがる。
私は恥ずかしすぎて、その場から消えようとした。
けれど先を読んだ王子に、素早く腕を掴まれる。
「もー、すぐ逃げない!」
そしてそのまま手を握られてしまった。
するとまた、一斉に黄色い歓声があがる。
「マル、幸せにな!」
「大事にしてもらえよ!!」
共に仕事をしてきた騎士仲間たちから、からかい半分の応援の声がかかる。
「いや、視察ですから!なんか違いますよ、みんな!!」
私が否定しても、みんなはにやにやと笑っている。
「体裁はいいから!」
「飽きられないように、色々勉強しろよ!」
(勉強?)
「いやいや、これくらいしか僕がマルに教えられることないから、勉強しなくていいよ♡」
王子がニヤリと笑う。
(!!)
その笑顔で、ようやく言われている意味を理解した私は、思いきり王子を睨んだ。
「マルのその顔が見たくて、ついからかっちゃうんだよな~、ごめんね。」
王子が満足そうに微笑みながら、小首を傾げる。
(…私も、その小首を傾げて微笑む顔が好きです…。)
心の中でそう素直な気持ちを呟くけれど、この3年あまのじゃくに生きてきたおかげで、つい心とは裏腹なことを言ってしまう。
「変態。」
ぽつりと小さな声で私が言うと、王子はなにも言わずにっこりと笑った。
王子は、私より2歳年下の19歳。
幼い行動や発言が可愛かったのに、この半年会わなかった間に、ずいぶん大人びた気がする。
作品名:①残念王子と闇のマル 作家名:しずか