「空蝉の恋」 第二十四話
「お名前は何と言われるのですか?私は斎藤と言います。下は佳樹(よしき)です。娘は優華(ゆうか)です」
「はい、内田と言います。名前は佳恵です。娘は洋子です」
「内田さんじゃなく佳恵さんとお呼びしていいですか?」
「ええ・・・はい」
イヤだとは言えなかった。
「お近づきのしるしに夕飯はお席をご一緒しませんか?」
「決まっているのではないでしょうか?」
「食事処だと聞いていますから、同じ席にしてもらえるように頼んでおきます。ボクたちは長く浸かっているのでそろそろ出ます。では後程。楽しみにしています」
「あっ、はい。では後程」
こんな簡単に返事をして良かったのだろうか。洋子の顔色を窺った。
「あの人斎藤さんって言うんだけど、夕飯を同じ席でと誘われたの。お受けしたけど洋子は良かった?」
「そう、積極的なんだねあの人。ママってやっぱり綺麗だからモテるんだよ」
「何言っているの。そんなんじゃないわよ」
そうは言ってみたが、ここでの夕飯だけに終わらなければどうしようという気持ちが頭をかすめた。まさか、という坂があるので気をつけること、と父親に言われた言葉を考えてしまった。
食事の席で斎藤から名古屋へ戻ったら連絡がしたいのでラインを繋ごうと持ち掛けられた。しばらく考えていると洋子が助け舟を出した。
「ねえ、優華さんと私でライン交換しない?ならママたちも何かの時は連絡できるし」
優華は笑顔でそれに答えた。
「洋子さんとは名古屋でぜひまたお会いしたいと考えていました。とっても嬉しいです」
娘にそう言われては父親の佳樹もじゃあそうするか、と答えるしかなかった。
しかし結果的にこの方法が佳恵と佳樹を結び付けてゆく。
食事を終えて部屋に戻ると和仁からラインが来た。私たちの行動を見透かしたようなタイミングだった。
「会いたい」と書いてあった。返事をせずにそのままスマホをバッグの中へ入れた。既読スルーになった。
「ねえ、ママ。返事しなくていいの?ラインってあの方からでしょう?」
「ううん、いいの。今夜は誰にも邪魔されずにあなたと居たいの」
「ママ、無理しなくていいのよ。私なんか毎日顔つき合わせているんだから、ね?」
「気遣いは嬉しいけど、本当にいいの」
自分がここに来たのは名古屋から少し逃れたいとの思いがあったからだ。それなのにまた年下の男性から誘われ、厄介なことにならないかと考えてしまう。勇気を出してこれ以上の誘惑に惑わされないように強く言い聞かせていた。
作品名:「空蝉の恋」 第二十四話 作家名:てっしゅう