私の結婚
翌日、私たちは芦ノ湖にいた。
遊覧船の乗り場は列をなしていた。混む時期であることを覚悟しては来たが、何をするにも並ばなければならないことには辟易する。でも、それだけの価値は充分あった。船上から眺める山々の紅葉は見事だったからだ。湖面では、ほかの遊覧船や足こぎボートに乗った人々が、それぞれの時を楽しんでいる。頬に当たる風は冷たいが、この美しい自然の一部になれることに感動すら覚えた。
デッキで充分景色を堪能した私たちは、階段を下りて、屋内のソファーに腰を下ろした。しばらくは旅行の感想に話が弾んだが、ふと、話の間があいた時、姉がポツリと言った。
「中学生の女の子って難しいわね……」
すかさず母が聞いた。
「春ちゃんがどうかしたの?」
姉は憂いを帯びた美しいまなざしで答えた。
「最近、あまり話をしなくなってしまったの。というより、私を避けているような感じで……」
「中学二年だったわよね? それって反抗期じゃないの? 誰もが通る道よ」
母はもっと深刻な話かと思って身構えたが、それを聞いて安心したのか聞き流したようだった。でも私には感じるものがあった。
姉には高校二年の匠と、中学二年の春菜という二人の子どもがいた。二人が幼い頃は、甥や姪が珍しくて私はよく遊びに行った。子どもたちもよく私に懐いてくれた。でも大きくなるにつれ、私の足は遠のき、今ではお正月に顔を合わせるくらいになってしまっていた。
匠は義兄に似ていたが、春菜はどちらにもあまり似ていない。私はその頃から、いつか春菜が美しい母親を疎ましく思う日が来るのではないかという予感がしていた。自分が姉に対してそうであったように。
「玲ちゃん、今度、私が春ちゃんにちょっと会ってみるよ」
「そう? お願いね」
旅行から帰ってしばらくして、私は姉の娘、春菜を誘い出した。ちょっと早いけど、クリスマスプレゼントを買ってあげると言うと、春菜は喜んで誘いに乗ってきた。
指定された原宿の店で、今、若い子に流行しているらしいバッグを買ってあげた。事前に選び抜いていたようで、ショッピングはあっという間に終わった。
そして私たちは、コーヒーショップで休憩することにした。
「春ちゃん、この頃あまりお母さんと話さないんだって?」
コーヒーカップを手に、さりげなく聞いたつもりだったが、春菜はすぐに感づいた。
「鈴ちゃん、お母さんから頼まれたんだね」
どうやら早々と白状するしかないらしい。
「まあ、それもあるけど、私も春ちゃんと話がしたかったの。だって似た者同士だから」
ここからは本音で話そうと思った。
「どこが?」
春菜は、私の真意をつかみきれずに聞いた。
「姉さんの被害者ってとこかな」
冗談ぽく言ったつもりだが、春菜はすばやく反応した。
「被害者って?」
「ごめん、そんなオーバーなことじゃないのよ。ただね、姉さんと比べられるって結構きついものがあるよね。そう言いたかったんだ」
春菜の表情が柔らかくなった。
「そうだよね」
「私ね、子どもの頃はきれいな姉さんが自慢だったの。でも年頃になって同性だという意識が芽生えると、いろいろ考えだしちゃって。姉さんが悪いわけではないのはわかっているの、わかっているんだけど……」
「鈴ちゃんは私の先輩ということか……」
「先輩?」
「そう、被害者同盟を結ぼうか?」
ニコリと笑って言う春菜を見て私は安堵した。
「そうね、これからは愚痴を言い合って、すっきりしようね。ただ、姉さんは春ちゃんのこと、本当に心配していることだけはわかってね」
「うん、お母さんは何も悪くないんだものね」
「そうそう、それが、被害者同盟の合言葉ね」
こうして私たちは、初めての総会を終えた。