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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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 周辺の聞き込みの成果もなく、デヴェンドラの足取りは掴めず一夜が明けた。
「また神の復活か……」
 藍李からデヴェンドラの目的の推測が届いて、早朝から黒羽と漓瑞は難しい顔で藍李からの書簡を眺めていた。
「玉陽、タナトムは日蝕が契機でしたが、近くに日蝕がある予定もありませんでしたよね。何らかの条件はあるのでしょうが……」
 思っていたより早くに手がかりが見つかったのはいいのだが、かといってこれからどうやって阻止すべきなのか道筋がまったく見えなかった。
「隠れてる大体の場所は分かるんだよなあ。でも大体なんだよなあ……」
「アマン課長は山狩を始めると言っていましたね」
 監理部長に話を通して魔族監理課と妖魔監理課から人員を集めて山狩をするしかないだろうと、アマン課長が昨日の夜言っていた。今日の午前中にも始まるとのことだがいかんせん範囲が広すぎる上に、あの移動方法ではデヴェンドラの確保は難しい。
 そのかわり窃盗団の中から何人か捕らえるということだ。
「仲間捕まえてなんとかなるもんか?」
「何かしらの手がかりは得られると期待するしかありません。いつ神の復活となるかもわからないので、時間をかけている余裕もありませんし。ただ潜伏場所だけでなく、聖地の方も監視しなければなりませんね」
「支局側への説明はお前に頼むな……」
 さすがにまだ旧神について支局に話すわけにもいかず、そのあたりを隠しつつとりなすのは漓瑞の役目だ。
 そしてそれから黒羽だけ朝食を食べて魔族監理課の方へと赴くと、山狩が決定したらしく柱と柱の間を局員が目まぐるしく動き回っていた。
「おはようございます!」
 黒羽と漓瑞は人が行き交う中でアマン課長を見つけて声をかける。隣にいる中年の女性は妖魔監理課長で、現在配置を相談中ということだ。
「ええっと、おふたりは一緒の方がいいですかね」
 アマン課長が黒羽と漓瑞に、一緒にいるのと分散するのはどちらが効率がいいか訊ねてくる。
 黒羽は漓瑞と顔を合せて一緒の方がいいだろうとうなずく。
「ええ。そうさせていただけると助かります。それと本局から、聖地の方の監視も強化して欲しいとの通達がありました。過去にも聖地に何か価値のあるものが眠っていると侵入したことなどもあるそうなので。こちらのは石だけで盗難は難しいということですが、その石も万一傷などつけられては大変なので」
 漓瑞が言うことに人員をできるだけ山狩に出したい支局側は少々渋ったものの、本局命令ならばしかたないと合意する。
 一応は緊急時の手順というものもあるのだが、それがあっても人員配置に関しては難航した。潜伏先と見られる鉱山は渡し人が道を繋げられる場所が少なく、何かあった時にすぐに移動できないのであまり山狩に人を割きすぎると他の場所で事が起こった時に対応できない。
 少なすぎても捜索の効率が悪いということで調整に手間取り、場所が場所なので辺りに詳しい局員や地元の住民の協力もいるということでその配分も難しい。
 そうこうしている内に商人のネッドがひとりで監理局を訪れてきて、息子のニディから何か手がかりが得られたかもしれないと局員達は密やかに期待しながら彼を別室に案内した。
 アマン課長が話を聞くこととなり、黒羽と漓瑞も同席させてもらうことになった。
「贋物の鍵です」
 まずネッドが机の上に錠前をみっつ広げる。
「ご子息は鍵を別の物に替えて施錠しているかのように見せていたのですね」
 それで察した漓瑞が訊ねると、ネッドはこくりとうなずいた。
「内扉の鍵を全て外しておいて外扉の鍵を入れ替えていたそうです。私も暗かったのと本物とよく似ているので気づきませんでした」
 弱々しく自分の注意不足を責めるかのような口調で彼は説明する。
 とはいえ息子がこんなことをすると思っていなかったのだから、信頼もひとつの目隠しになしってしまっていのだろうと黒羽は思う。
「ニディは……息子さんの様子はどうですか?」
 黒羽はそれよりもデヴェンドラを信用し協力していたニディが、どうしているのか気になった。
 父への罪悪感もあれば、母親代わりの姉と慕っていたその恋人が姿を消して心がひとりぼっちになってしまっていないか心配だ。
「まだ、あまり多くは話してはくれていません。ただ、あの壷は女神様に返すためにデヴェンドラに渡したとのことで。今、私もあの子にどう接するべきか困っているのです。責める気はありませんが、あの子が私が何も責めるつもりはないとわかってくれるかどうか。本当に彼が窃盗団を率いているのですか?」
 まだ信じ切れないといった顔でネッドがアマン課長を見る。
「残念ながら、自分は直接剣を交わしたので間違いないです……」
「娘は、今、どうしているのでしょう」
 か細い声でつぶやかれたネッドの声が重たく響く。
 娘が魔族と駆け落ちしたあげく、相手が窃盗団の首領ともなれば父親としては平静ではいられないはずなのに、どこまでも静かなのはもはや取り乱す気力すら残っていないのかそれとも現実が受け止めきれないのかのどちらかだ。
「……窃盗団の頭は、酷い男には見えませんでした。息子さんのことも大事にしてたのは嘘じゃないと思うんです。娘さんもその、身の危険っていうことはないと思います。とにかく、探し出して話し合えるようには絶対にします」
 黒羽はネッドの様子に思わずそんなことを言ってしまっていた。
 ただニディに対する視線は嘘偽りない絆を感じたのだ。
「ええ。私が知る彼もいい青年です。だから、盗賊だというのが信じ切れないのです。女神様に壷を返すというのが本当ならば、彼なりの信仰心に基づいてかもしれない。壷はかえってこなくてもよいのです。どうか、どうか娘に一目会わせて下さい。どうか、どうかお願いします」
 机に額がつきそうなほど深く頭を下げるネッドをどうにか宥めて、顔をあげてもらう。そのあとアマン課長が今日から山狩を始めることを告げて、進展があればすぐに報告をすると約束してひとまずネッドには家に帰ってもらった。
「すいません。出過ぎました」
 ネッドが部屋を出たのを見送って黒羽は、また感情任せになってしまったと反省する。
「いやいや、まあ、あの場合はあれで一旦安心してもらうにこしたことがないです。まあ、あの盗賊頭は人を傷つけるような真似はこれまでもなかったので、安心はできることはないですが、不安を無駄にあおることもないですから。俺が取り逃したのが一番悪いわけですし」
 アマン課長が気にするなと首を横に振る。
「とにかく、見つけることが何より先決でしょう。ご令嬢は人質としての価値も十分にあるので身の安全は保証されるかと」
「人質ですか。人質のふりをされると大変厄介な事にもなりますが……」
 漓瑞の言葉にアマン課長が渋い顔になる。
「ああ、駆け落ちしたっていうんなら、お嬢様はあいつの味方だよな」
 それはそれで確かにややこしい話になると黒羽は表情を曇らせる。
 親子も姉弟も夫婦も丸く収まってくれればいいものの、簡単なことではないことぐらいは分かる。
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: