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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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「母様の方はこの頃どう? 口はあいかわらず元気そうに見えるんだけど……」
 寝付いている母の清藍と話す機会は忙しさと体調で減っている。あまり弱っている所を見せたくないらしく、不調の時ほど会ってもらえない。
 しかし日に日に細くなって顔色も悪くなっているのは確かだった。
「あいつは口だけは、本当に減らないからな。……忙しいだろうが、会いたいって言ったらできるだけ会ってやれ」
 父のその言葉は曖昧ながらも明確な真実を含んでいた。
「うん。私も会いたくなったら、ちゃんと会いに行くわ」
 幼い頃から支局でほとんどの時間を過ごし、学徒から正式に局員になった五年前からは生家に帰ることが少なくなった。
 母を恋しいと思ったことは少ない。総局長としての役目を果たした母親を敬愛をしているが、宗主家の家長と跡継ぎという立場を取り払っていざ母と子という関係だけになると途端に戸惑ってしまうことが多い。
(だけれど、もうあれこれ考えてる時間はないのね)
 母といられる時間はほんのわずか。そして自分ももう二十歳で人生が半分終わってしまっている。
 立ち止まって迷うだけの猶予はどこにもないのだ。
 藍李は背負った剣の重みと、隣にいる父と歩く時間をしっかりと受け止めながら明日は報告がてら母に会いに行こうと思った。


***

 窃盗事件の翌日、予定通り事情聴取が被害者宅で行われることになり、黒羽と漓瑞も同行することとなった。
 事情聴取は漓瑞に任され、黒羽は事情聴取の間の警備の手伝いをすることになった。
(暇だなあ……)
 しかし、昨日の今日で魔族担当の監理局員と人間担当の警邏部隊が出入りする中、何か起こることもなく広い屋敷の外周をぐるりと回るだけである。
「おお。すげえ」
 屋敷の壮麗さとは打って変わって簡素な煉瓦造りの倉庫が建ち並ぶ裏手に来た黒羽は、象が五頭いるのを見て思わず足を止める。
 見れば見るほど不思議な動物である。なぜあんなに鼻が長いのだろうかと考えつつ、塀側へと目を向ける。
 人の背丈の二倍はある石の壁の上からは、先が鋭利な槍状の鉄の棒が突き出ている。見るからに重たげな門扉の側には魔族の門番がふたり並んでいて、容易に侵入できないのは一目瞭然だ。
 表は見目があるのでここまで壁や門扉は武骨ではない代わりに警備の数は多い。
(ここのお嬢様はよく抜け出せたな)
 外から入るのはもちろん、人目を盗んでここから出て行くのも至難の業である。
 しかしながらどんな手を使ったのか外から侵入され、中からも逃げられている。
 一番考えられるのは内部に協力者がいるということだが。
「どうも、お疲れ様です」 
 門の近くまで行くと物珍しそうに黒羽に視線を向けていた門番達が頭を下げる。
「どうも。近くで見るとかなりのもんですね」
 黒羽も挨拶をして遠目で見るよりも圧迫感が増す塀を見上げて感心する。
「大事な商品が置いてありますからね。こっからの出入りは厳しく監視してるんですが……」
 あってはならない事態に門番のひとりが難しい顔になる。
「事件のあった日もここの警備してたんすか?」
「いや、今、事情聴取受けてる者です。でも、あいつらもここの門を勝手に開けることは絶対にしないはずです」
「まあ、門番だとすぐばれるだろうしなあ。全員、ここで仕事して長いんですか?」
 黒羽が訊ねると、片方は十六年、もう片方は二十一年と答え、事情聴取中の者達も務めて十五年以上になる者も多いという。
「配置換えもあるのでずっと同じ仕事って訳でもないですがね。先代も今の旦那様は仕事には厳しいが、とてもよい方なのでみんなここで長く務めてるんですよ。どうしても俺らは人間と合わない所があってあちこち点々としがちですが、ここはみんな長く続いてます。恩ある旦那様の大事な物を盗もうなんて馬鹿な奴はいないと思いますよ」
 ひとりの門番がそう語り、もう片方も大きくうなずいて同意する。
「いいところなんですね、ここ」
 魔族は姿形が人間に似ていると言えど、人より寿命が長い分少しだけ考え方や感じ方が人間とずれがある。周りの人間が年老いていく中で、さほど容姿も変わらず生きていると居づらくなるという魔族も多く、そんな事情で魔族が定住することは少ない。
 そんな中で多くの魔族が長く居着いてるこの屋敷は、特異な例だ。
「いいところなんですよ、ああ、ニディ坊ちゃまもお寂しいんだろうなあ」
 門番が象たちがいる場所に目を向ける。そこにはいつの間にかやってきていたニディが象の餌やりを象使いと一緒に始めていた。
「あの子はここによく来るんですか?」
「以前から象を見に来ていたんですが、ネハお嬢様がいらっしゃらなくなってからは頻繁にいらっしゃます。坊ちゃまがひとつの時に奥方様が亡くなられて、それからはお嬢様が母親代わりのようなものでしたから」
「そっか……」
 黒羽は子供らしい笑顔で草の束を象にやっているニディに目を細める。
(やっぱりなんか、気になるんだよな)
 昨夜の様子が引っかかったままで、黒羽はニディの側へと近寄る。
「大人しいんだな。なんでこんなに鼻が長いのかっておもったけど、手の代わりなのか」
 ニディの隣に屈んで声をかけると、一瞬彼は緊張した様子を見せたが、おもむろに持っていた草の束を渡した。
「おお、とった」
 見よう見まねで草を差し出すと、するりと器用に鼻で巻き取って持って行って黒羽は思わず感嘆する。
「お兄さん、象見るの初めて?」
 そんな様子を楽しく思ったのか笑顔を見せながらニディが訊ねてくる。
「おう。見るの初めてだ。これ全部屋敷で飼ってるのか?」
「違うよ。この辺りの商人達で飼ってるんだ。象を飼うにはたくさんの水と草がいるから、この近くの湖の近くの森で象たちは暮らしてるんだよ。今日は荷物を届けに来てくれたんだ」
「へえ。そうだよなあ。これだけでかいなら食い物も飲み物もいっぱいいるよな」
 未知の動物に黒羽はひたすら感心するばかりだった。
「……昨日の夜、お兄さん家に来てたよね」
 ニディの方から核心をついてきて、黒羽は不意打ちに少々動揺する。
「ああ。きてた。大事な物がなくなって大変だな」
「うん。父様はあの壷、すごく大事にしてたから……。でも、壷にお祈りしたって姉様は帰ってこないんだ」
 拗ねたというよりもどこか達観した口調でニディは言った。
「姉さん、早く見つかるといいな」
 すぐに返事があると思ったが、彼は沈黙してしまった。
「姉様はもうすぐお嫁に行くんだったから、変わらないよ。絶対にお嫁にいかなくちゃならないなら、姉様は一番好きな人の所に行ったらいいんだ」
 どうやらニディも姉の失踪は駆け落ちだと思っているらしかった。仲のいい姉弟だったのなら、事前に何か話を聞いていたかもしれない。
「ニディ様、旦那様がお呼びですよ」
 屋敷側から青年がニディを呼ぶ。遠目に見えた彼の視線はどことなく警戒心を感じて黒羽は気になった。
 ニディの方はほんのかすかに動揺を見せて、黒羽の表情を盗み見る。
「うん、今行くからそこで待ってて。さよなら」
 そしてニディは慌てた仕草で黒羽に挨拶して、昨夜と同じく逃げていく。そして迎えに来た青年の腕を引いて屋敷の方へと消えていった。
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: