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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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 いつまでも隠し通すことは不可能だ。黒羽の目の前で血を吐いて倒れてからなどという事態は絶対にあってはならない。
「……遅いですね」
 それにしても黒羽がアマン課長に試合を頼みに行ってずいぶん経つ気がすると、漓瑞は読み終えた資料の束を見て何かあったのだろうかと心配になる。
 時計がないのでどれだけ時間が経っているのかわからないが、読み終えた分から察するに一刻以上は経っていないだろうか。
「悪い、遅くなった」
 様子を見に行くべきか迷っていると、黒羽が生き生きとした表情で戻って来た。
「演習の方はとても充実していたようですね」
 漓瑞は何も心配することはなさそうだと安心する一方で、少々過保護だったかと自分に苦笑する。
「アマン課長が稽古つけてくれたんだけどよ、すっげー分かりやすかったんだよ。言われたことはほとんどできなくても、どこをどうすりゃいいかはわかったしもうちょっと鍛錬すればものにできそうなんだ」
「それはとてもよいことですが、黒羽さん、ここに来た目的は忘れてませんね」
 黒羽が本当に楽しげに語るのについつられて表情を緩めながら、漓瑞は資料から得られた僅かな収穫を報告するために壁に貼られた地図の前に立つ。
 そして監理局、潜伏先と見られる鉱山地帯、そして聖地を指で示して線で結んで三角を描く。
「その範囲の中で窃盗事件が起きてるって事か。潜伏先も支局から遠いけど、聖地もかなり遠いな」
 支局と鉱山地帯は距離にすれば十日前後のものだで、聖地から鉱山地帯までがひと月あまりと合間に支局員に訊ねた話ではそうだった。
「ええ。時期も場所も飛び飛びですが全てこの範囲内です。ただ、規則性が見当たらないので次がどこかは予想しかねます」
 日付や時間を照らし合わせてしばらく頭を悩ませたものの、何も出て来なかった。
「あ、この支局も何かあんのか? 古いし変わってるよな」
「支局員の方に聞いたところでは、女神の離宮のひとつだったという言い伝えがあるそうです。そこは本局の方で探ってもらう方がよいでしょう」
「じゃあ、監理局が昔の神様からぶんどったかもしれないってことか……」
 黒羽が複雑そうな顔で複雑な木組みの高い天井を見上げる。
「そういうことかもしれませんね。今日はもうこれ以上の進展はなさそうですね」
「うん。あ、鉱山の潜伏先、いくつかあるみたいだけどよ、お前、どこか予想つくか?」
 漓瑞は地図上の鉱山地帯に目をやって、少し考え込む。
「先程話した範囲内で行動していると考えても、どこと線を繋いでも綺麗に収まるのでなんとも。渡し人が道を繋げない以上は捜索が難しいですね」
 独自の通路を使用しているなら監理局の監視の目をかいくぐって行動することも可能だ。
 先は長いかもしれないとふたりで顔を見合わせてため息をつきかけたところだった。
「すいません、ちょっと盗難事件が起こったので出てきます。おふたかた、よろしければ同行しますか?」
 局員のひとりがやってきて、少し困り気味に言った。
「窃盗団でしょうか」
「いや、まだそれがはっきりとは。今までのように商隊が襲われたのでなくて、家宅侵入なんですよ。魔族かどうかも分からないんですが、宝飾品は手つかずで女神様への献上品だったという壷がひとつだけで。人間かもしれないので、警邏隊の方もいます」
 漓瑞と黒羽は可能性があるならと、迷うことなく同行を決める。
 被害宅は現場から歩いて行ける距離。そして家主は娘が失踪したという商人ネッドだということだった。

***

 支局から歩くこと四半時。商人ネッドの邸宅は富裕層の集まる区画の中でも一際壮麗で大きい。
 色の異なる芝生で市松模様を描いた前庭の奥に見える、巨大な邸宅の漆喰の壁全面に描かれた細密な模様が特に印象的だ。
「なんだあれ? でかいな。あの長いの鼻か?」
 前庭の石畳の敷かれた通路にいる、人間よりも遙かに巨大な動物の姿に黒羽は目を丸くする。
「象ですね。荷物の運搬用でしょう。私も初めて見ました。象牙はあの動物の牙ですよ」
 漓瑞が小声で説明するのに、黒羽はなるほどと感心する。
「早い時間だと、象は街のあちこちで見られますよ。人間も運んでいるので帰るまでに一度乗ってみられたらどうです?」
 ふたりの会話を聞き止めた局員に勧められるものの、黒羽は乗り心地はよくなさそうだとあまり気がすすまなかった。
 事件現場と言っても怪我人もないということで、どこか緊迫感の欠けた雰囲気の警邏隊と黒羽達局員は合流する。
 屋敷の主人であるネッドは娘の失踪に加え、盗難事件で消沈しきっている。
「何か手がかりは見つかりましたか?」
 漓瑞が訊ねると、現場にいる者達は一様に首を横に振った。
 盗まれた壷は商品ではなく長らく一族で引き継いできた家宝だということだ。壷が置かれていた屋敷の奥の部屋の一角には砂利のように宝玉が敷き詰められ、壷があった中央だけぽっかりと床石がのぞいている。
「これだけ宝石あったなら、いくつかはくすねてんだろうけど不自然だな」
 ごっそりと宝玉が減った形跡はまるでなく、なくなったのが壷だけというのは明らかに異様だった。
「これはそちらの管轄ですかねえ」
 警邏隊長という男がやはり、一連の魔族の窃盗団ではなかろうかと局員を見る。とはいえ、この状況だけではまだなんとも言えず、しばらくは協力体制をとることを支局員が決めた。
「すみません、この部屋に壷があったことは誰でも知っていることですか」
 漓瑞がネッドに訊ねると、彼は曖昧に首を横に振った。
「少なくとも亡くなった父と私はよほど信用のおける者以外には話してはいません」
 そして盗難に気づくまでのあらましはこうだった。
 ネッドは先祖代々の慣習である商売繁盛を毎晩祈願していたそうだ。それ以外の時は何重にも鍵をかけていたという。しかし、今日は娘がいつまでも見つからないことへの気落ちが大きくなり救いを求めて宝物庫に来ると、最初の扉にかかっているはずの錠前がなくなっていたということだ。
 少なくとも朝には錠前がついているのは見たという。
「鍵はここに私がいつも持っています」
 ネッドが首からさげている鍵束を出して見せる。部屋は二重扉で、最初の扉に錠前がふたつ、次の扉にも錠前をみっつつけていたということだ。
 錠前はどれも頑丈で簡単に壊せる物ではないが、持ち去られていてどうやって解錠されたかは不明だ。
「鍵ごと盗んでったのは手口を隠すためか。手慣れてんなあ。警備はどうしてたんですか?」
 これだけ広い屋敷で娘が誘拐されたことになっているならなおさら厳重だろうにと、黒羽は疑問に思う。
「警備は屋敷の入口全てに置いています。夜は登録済みの魔族の方に十五名と、人間五名に頼んでいます」
 魔族は監理局に名前や刻印を登録するように推奨されている。登録済みであれば住居や就労の支援も受けられるので、登録している魔族も少なくはない。
 それにしてもこれだけの魔族を雇い入れているのは珍しい。
「魔族の事情聴取は明日監理局側でやらせてもらいますので、人間の方は警邏でお願いします。それと、今日は局員も念のために警護に置かせてもらいます」
 支局員が仕方なしとうなずいて警邏に頼んで、ネッドに同意を得る。
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: