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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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当たり屋ジジイ

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 私はいつもより少し早く退社することにした。それでも約束の時間までには、ギリギリだったので、会社から直接警察署に向かった。署のガレージで女房と待ち合わせたが、娘も連れてきている。小学3年の娘を一人で留守番させる訳に行かないので、本意ではないが仕方なく連れて来ていた。
 窓口で名前を言うと、すぐに誰もいない別室へ案内された。暫くそこで待っていると、制服姿の婦人警察官が入ってきて、娘に配慮してにこやかに挨拶してくれた。そして、女房に派出所の警官が行った現場検証の詳細を確かめ始めた。
「・・・ぶつかっていないのに、この男性は倒れられたんですか?」
「いいえ、倒れていないです。」
「(倒れてない? どういうこと?)倒れたんじゃなかったの?」
私は慌てて口を挟んだ。
「相手は車に跳ね飛ばされたと主張されていますが。こちらの主張とここが食い違っているんです。」
「自転車にもまったく当たっていません。1m以上手前で停車しました。」
「その時、あのじいさんがこけたんじゃないの?」
「ううん。こけたのは自転車だけ。おっとっとて感じで、車に寄ってきてボンネットに両手を着いて止まって、こぶしで一回叩いたのよ。その後急に怒り出したの。」
「それは俺も初耳だ。」
「もう、朝はパニックになってたから、あなたに言う暇もなかったわ。」
「お巡りさんには言ったの?」
「うん。」
 私は女房の言う具体的な状況説明におかしくなり、顔がにやけてしまい、それを婦人警官に見られたが、彼女も少し失笑しているようだった。

 そこにもう一人男性警官がドアから顔を出し、
「被害者の家族の方が来られたので、いいですか?」
と言って、30代くらいの男性と、今朝のジジイが入ってきた。その男性は、部屋の中の全員を見渡して、子供がいることに一瞬驚いた表情をした。ジジイの方はと言うと、目線をきょろきょろとしながら、眉間にしわを寄せて怖い顔で睨んでいる。今朝と同じだ。
「こちらが車を運転しておられた女性と旦那さんでです。」
婦人警官が私たちを紹介した。
「こちら、被害者の息子さんです。」
と、パイプ椅子に深く腰掛け、両足を前に投げ出すような格好の男を、男性警官が私たちに紹介した。
「被害者って事故じゃないのに?」
妻がつぶやいた。その時、ジジイの息子が口を挟んだ。
「親父は救急車で病院に運ばれたんですよ。それでも当たってないって言うんですか?」
横柄な話しぶりだった。女房は言い返そうとしたが、娘が居るので、ぐっと堪えたようだった。なので私が、
「私は同乗していた訳ではないので、その瞬間を見てないのですが、客観的に考えて事故はなかったと思います。」
と、娘が怖がらないように穏やかに話した。
「見てないのに、なぜそんな風に言い切るんですか?」
「あなたこそ、あの交差点の現場を見てないでしょう。お父さんが事故に遭ったと聞いて心配されたのはよく分かります。でもあの状況を見ていたら、少し大げさに話されていると誰でも気が付きますよ。」
「うまく誤魔化そうとしても、こっちは医師の診断書もあるんですよ。」
ジジイの息子は、手提げポーチから病院の封筒を取り出した。
「そうでしょうね。なら余計に事は重大です。」
「どうしてですか?」
「転んでもない人が、どうやってそんな大ケガをするんでしょう?」
「車に跳ね飛ばされたんですよ!」
「ふうん? じゃ跳ね飛ばされた自転車は、今どこに?」
「お父さん病院に向かわれたので、署で預かっています。」
と警官が言った。
「それを見るだけで、十分理解できると思いますよ。」
「何が理解できるって言うんですか?」
「う〜ん、あまり言いたくないですけど、お父様が嘘を仰ってると。」
「・・・・・」
その息子は絶句した。ジジイは怖い顔で、頻りに貧乏揺すりを始めた。それを見て娘は、母親にぎゅうっと寄り添い始めた。

「それじゃ、示談の前に事故の状況をもう一度確認しておきたいのですが・・・」
 男性警官が話し始めた。また一からやり直しだ。もう何回も聞いた話をここでも繰り返した。
「・・・と、まあ、これだけ話が食い違ってますので、話し合いも難しそうですが。」
と、警官が説明を終えた。しばらく沈黙があった。
「親父、本当に跳ね飛ばされたのか?」
「・・・うむう。」
ジジイはため息とも返事ともとれるような声を出した。
「私たちは事故を誤魔化そうなどとは考えてませんよ。すぐに警察に連絡しようとしたのはこっちです。その私の手をつかんで、電話を取り上げようとされたんです。」
息子はジジイを見たが、ジジイは目を逸らしている。
 もう私たちの勝利は目前だった。
「ケガをされたと仰ったので、救急車を呼ぼうとしたら、必要ないと言われたんですよ。なのに今、診断書ですか? そこにどんな大ケガと書かれているか知りませんが、あれだけ元気に怒鳴り散らされていましたけど、それは近所の方も、通行人も沢山目撃されてましたし、その中でお金を要求されたんですよ。その時私は、恐喝されているんだと感じました。それを見かねた方が、お父様に内緒でこっそり警察を呼んでくれると言ったんです。」
息子は驚いて、
「金を要求したのか?」
と、ジジイに問い質した。私はさらに追い打ちをかけた。
「示談していただけるとのことですが、示談金の額はいくらぐらいと考えられていますか?」
「・・・・・」
「30万ぐらいですか? 50万? 私はお金で解決できるならその方がいいので、もし事故が本当で、警察の現場検証でそれが証明できたのなら、すぐにでも払いますよ。妻もその方がスッキリしていいと思います。私にとってその程度のお金なら、全く平気ですから。」
「・・・・・現場検証の結果では、事故の痕跡は無かったのですか?」
と、その息子が警察官に問うと、婦人警官が、
「現場を見た巡査の話では、自転車も車も全くの無傷で、近所の方も事故の音も聞いてないのに、突然大きな怒鳴り声が聞こえたそうです。始めは喧嘩だと思って見に行ったそうです。」
「私が跳ね飛ばしたと言うんなら、車に傷があるかも確認してください。」
女房がやっと口を出した。

 私たちは署の玄関口に駐車したベンツを確認しに表に出た。その時に警官がジジイの自転車も車庫から出してきたが、やはり事故に遭ったとは到底思えない状態だった。
 全員でベンツに近寄り、警官は強力なライトでボンネット付近を照らした。
「どこにぶつかったんですか?」
女房がジジイに聞いた。
「洗車して跡を消したんだ。」
と答えた。
「ずっと仕事に行ってたし、洗う暇なんかありません。」
「親父、本当のことを言ってくれ。」
「危ないと思って後ろに避けて、跳ね飛ばされたんじゃ!」
ジジイは今朝と同じように興奮して、声を荒げて言った。

「後ろに跳ね飛ばされたんなら、車に両手は着けませんよね。どうしてボンネットに手の平の跡が残ってるんですかね?」
 警察官が私が指差す部分にライトを当てた。ややしゃがんで斜めに見ると、そこに両手を着いた跡が、乾いた雨と連日の黄砂の跡に、くっきりと残っていた。
「ぶつかったんなら、普通ボンネットに乗り上げるものですけどね。」
作品名:当たり屋ジジイ 作家名:亨利(ヘンリー)