京都七景【第十五章】
「だからなのかは、よく分からないけど、わたしたち、文学や芸術のことをずいぶんたくさん話したわね」
「そうして、力を合わせていろいろな謎を解いた」
「ねえ、こういうのを、もしかしたら文芸探偵って言うんじゃないかしら」
「ブンゲイタンテイ?あまり聞かない言葉ですね」
「あまり聞かなくてもいいの、今日のわたしたちの経験がこの言葉の定義になればいいわ。おたがい、関心がある文芸上の事がらについて、それぞれの持つ情報を出し合って新しい視点を見つけ、そこから新しい地平に立って新しい風景を見る。それってワクワクしない?もちろん、いつもうまく行くわけじゃないでしょうけど、今日はとっても素敵な風景を見せていただいたわ。本当にありがとう。で、それはそれとして、ほんとにほんとの、最後のお願いがあるの。聞いていただける?」
「いいですよ。また、何か疑問が湧きましたか?」
「いいえ、そうじゃないの。実は、ちょっとくやしいのよね、あなたにたくさんの借りを作ったことが。でも、誤解しないでね。あなたのことを悪く思ってるわけじゃ全然ないの。
ちゃんと、正直にいうわね。今日あなたに会って本当に救われたわ、どんなに感謝してもしきれないくらい。こんなに浅井忠様と磯田多佳女のことを調べて考えている人がいたんだって脱帽したの。それにひきかえ、わたしは今まで何をしていたんだろうって、逆に自己嫌悪に陥ったのよ。だから、くやしいのはあなたのことじゃなくて、情けないこのわたしなの。そこで考えたわ。あなたに今日の借りをきちんとお返しするには、わたしにもあなたにも納得の行く修論を、わたしが書き上げることじゃないかって。それで、ここからは勝手なお願いになるんですけど、ちょうど二年後の同月同日同時刻に、最初にお会いした三年坂下のあの場所で、もう一度お会いして、わたしの修論を読んでもらえませんか。二年後なら、それで学位がとれたか、とれなかったかはっきりしているでしょうから。お願いできませんか?」
「そ、そんなに思い詰めなくてもいいと思いますけど、僕でよければ、ぜひ」
「ああ、よかった。面倒なことをお願いしたから断られるんじゃないかと思った」
「でも、学位がとれなかったら、どうするんですか」
「そのときは、来ません」
「えっ」
「うそ、うそ、冗談よ。とれなかったら、またアドバイスをいただきに来ますから、御心配なく。それより、あなたの方こそ二年後はどうしてます?」
「普通なら卒業してますけど、院(大学院のこと)に行こうと考えているので、合格すれば院の一回生、失敗すれば学部四回生。いずれにせよ京都ですね」
「わあ、ほっとしました。京都にいなかったらどうしようかと思ったの。院の合格を祈ってますね。それじゃ、これでいよいよお別れね。最後に、みたらし団子を食べてからお別れしません?甘い物は疲れをいやしてくれますから」
「僕らはみたらし団子を食べて、最後の挨拶をした。彼女は僕に麦藁帽子を渡して
「これは差し上げます。二年後に会うとき、目印に持って来てくださいます?」ときいた。僕はゆっくり頭を下げて、彼女と別れた。
作品名:京都七景【第十五章】 作家名:折口学