3作品目 「かわれない」
『かわれない』
【著】山田直人
○男(男)
○脚本家(女)
○サラリーマン(男)
○学生(男)
○店員(女)
明転。男、板付き。
男 夜分に失礼いたします。不肖、ワタクシ、男です。生まれてこの方男では、なかった事などございませんが、男らしくあったこと、も、これが中々ございません。ワタクシゴトでございます。想い人ができまして、愛を吐こうと思います。夜勤の彼女に一目ほれ、募るココロとすくむ足。も一度言わしていただきますが、男らしくはございません。男らしさと考えますると、えっちな本をコンビニで、買うことだろうと思います。あっしはこれでヌキますが? よっ、男! あ、日本男児! 彼女の前に、えっちな本を。あら、このお人、男らしいわ。すかさず吐きますアイコトバ。愛しています、ココロから。ぜひワタクシとお付き合い、を。なあんてコトを考えながら、おうちをぽうんと跳び出しますると、お外は真っ暗、夜分であります。いざゆかん、あゝ、いざゆかん。決意の揺らいでしまわぬうちに。変われよ、変われ、男の子。闇夜に溺れてしまわぬうちに!
☆男、足を止める。脚本家イリ、闇を見つめる。
男 …。
脚本家 …。
男 こんばんは。
脚本家 こんばんは。
男 …。
脚本家 こんな夜分に何をしているのでしょう?
男 何をしているのですか?
脚本家 お話ししようとしています。
男 お話しを?
脚本家 ええ、お話しを。
男 どちらさまと?
☆脚本家、口に人差し指を当てる。
脚本家 しー。
男 しー。
脚本家 妖怪です。
男 妖怪ですか。
脚本家 見ませんでした?
男 妖怪を?
脚本家 ええ、そう。
男 残念ですが。
脚本家 そうですか。
男 お力になれずにすみません。
脚本家 いえいえ、よいのです。
男 しかしてどうして、妖怪を?
脚本家 聞きますか。
男 ええ、聞かせてください。
脚本家 あまりいい気はしませんが。
男 無理にとは言いません、が。
脚本家 いいでしょう、お話しします。
男 無理にとは言いません。
脚本家 ワタクシのお師匠に当たる先輩劇作家から聞いた話です。
男 ええ。
脚本家 物語と云うものは、闇の中から生まれるのだそうです。
男 闇ですか。
脚本家 ええ、闇。
男 はあ。
脚本家 人と云うものは、闇の中から多くのものを生み出してきました。恐怖であり、幽霊であり、妖怪であります。そこが闇以外の何物もない無だったとしても、人の心はそこに何者かを生み出し、動かし、物語を与え、忌み嫌って参りました。それはまさしく、無から有の発生であり、0から1の誕生であります。
男 こむつかしい話だ。
脚本家 彼は言います。妖怪を見つけなさい。そして、お話しなさい。それができなくて何が劇作家でしょう。無から有を生み出さずに、何が創作家でしょう、と。
男 なるほど。
脚本家 しかして、いま現在のこの日本、の、どこに闇夜がありましょう。照らす光は煌々と、時間を問わずに輝いて。昔に在った闇はいま、掘られ照らされ無くなって、愛しき求めし魑魅魍魎は、どこに隠れているのでしょう。
男 妖怪の住処は奪われたのですね。
脚本家 人間に。
男 絶滅してしまうのでしょうか。
脚本家 いいえ、そんなことは決して。
男 しかして闇は…。
脚本家 闇なら在ります。
男 え?
☆脚本家、両手で自分の胸を押さえる。男も、思わず胸に手を当てる。
脚本家 きゃはははははっ!
☆脚本家、無になってうずくまる。ぶつぶつと独り言を言い出す。
☆サラリーマンイリ、酒瓶を持っている。彼方を見つめる。
男 …。
サラリ …。
男 こんばんは。
サラリ こんばんは。
男 …。
サラリ 何を見つめているかって?
男 えっ。
サラリ 何を見つめているかって?
男 何を見つめているのです?
サラリ 銀河鉄道だ。
男 銀河鉄道?
サラリ ごらん。
男 ああ。
サラリ …。
男 銀河鉄道だ…。
サラリ そうだ。
男 ぴかぴかとひかっている。
サラリ きれいだ。
男 ほんとうだ。
サラリ アレに乗りたい。
男 僕もだ。
サラリ 最初に宇宙に鉄道を走らせた人は、何を想っていたのだろうね。
男 宇宙をゆく船も、宇宙まで昇るエレベータもそうだ。
サラリ ねえ、君。
男 はい。
サラリ 宇宙は、どんな形をしていると思う?
男 どんな形?
サラリ ああ。
男 …、アメーバ。
サラリ 夢の無い男だな。
男 へぇ、まあ、与太郎なもんで。そちら方は?
サラリ 宇宙は、薔薇の形をしているのだと思う。
男 へー、根拠は?
サラリ ないよ。未開で未知であるのが宇宙の最たる魅力であるのに、それに根拠をもって応えようだなんて無粋なまねはしないさ。
男 はあ。
サラリ しかして、万物そういうもののような気はするんだ。宇宙は一輪の薔薇の花のように、自己の内部に自己と同じ構造の相似形をもっている。麒麟の中に、麒麟の形によく似た骨が在ったり、銀河鉄道の中に、それと類似した部品が使われていたりと、共通していることではないかな。我々も薔薇だ。我々も、我々の内部に、我々と同じ構造の類似形を持っているんだ。
男 さすがにそれは。
サラリ 根拠がない?
男 まあ、端的に言えば。
サラリ 確認、…。
男 え?
サラリ …、するかい?
男 …。
サラリ 冗談だよ。
男 銀河鉄道には?
サラリ 乗るのは地下鉄ばかりだ。
男 サラリーマンだなあ。
サラリ 来る日も来る日も来る日も来る日も乗り換え乗り換え乗り換え乗り換え乗り換え。
男 乗らぬのですか。
サラリ 何に?
男 銀河鉄道。
サラリ 手が届かない。
男 乗れぬのですか。
サラリ 勇気が出ない。
男 勇気。
サラリ 怖いのだ。
男 怖い。
サラリ だがしかし、しかしてしかし、まてよまて、今宵は違う。
男 ほお。
サラリ アレに手を伸ばそうと思う。
男 でもどのように。
サラリ 李白という男を知っているか?
男 中国の人だ。
サラリ そう、中国の人だ。彼にならおう。
男 具体的には?
サラリ 湖。
男 湖。
☆サラリーマン、酒瓶を叩きつける。酒瓶が割れ、水溜りができる。
男 湖だ。
☆サラリーマン、顔を地面につけ、水溜りを見る。
サラリ ほうら、銀河鉄道にも手が届きそうだよ。
☆サラリーマン、水溜りに手を伸ばし、そのまま水溜りに顔をつける。
男 …。
☆男、上からサラリーマンの顔を押さえつける。サラリーマン、じたばた動く。
☆男、力の限り抑える。サラリーマンに負け、男が尻もちをつく。
サラリ はは、なんだよ、いくじの無い奴め。手を伸ばしても届かないし、乗るだなんて夢のまた夢じゃあないか。ああ、酒に溺れることもできないだなんて。僕の中の僕の類似形はきっと、血みどろのぐしゃぐしゃに違いない。
☆サラリーマン、伏して泣く。
☆学生イリ、座ってスケッチブックを開く。鉛筆で何かを描いている。
男 …。
学生 …。
【著】山田直人
○男(男)
○脚本家(女)
○サラリーマン(男)
○学生(男)
○店員(女)
明転。男、板付き。
男 夜分に失礼いたします。不肖、ワタクシ、男です。生まれてこの方男では、なかった事などございませんが、男らしくあったこと、も、これが中々ございません。ワタクシゴトでございます。想い人ができまして、愛を吐こうと思います。夜勤の彼女に一目ほれ、募るココロとすくむ足。も一度言わしていただきますが、男らしくはございません。男らしさと考えますると、えっちな本をコンビニで、買うことだろうと思います。あっしはこれでヌキますが? よっ、男! あ、日本男児! 彼女の前に、えっちな本を。あら、このお人、男らしいわ。すかさず吐きますアイコトバ。愛しています、ココロから。ぜひワタクシとお付き合い、を。なあんてコトを考えながら、おうちをぽうんと跳び出しますると、お外は真っ暗、夜分であります。いざゆかん、あゝ、いざゆかん。決意の揺らいでしまわぬうちに。変われよ、変われ、男の子。闇夜に溺れてしまわぬうちに!
☆男、足を止める。脚本家イリ、闇を見つめる。
男 …。
脚本家 …。
男 こんばんは。
脚本家 こんばんは。
男 …。
脚本家 こんな夜分に何をしているのでしょう?
男 何をしているのですか?
脚本家 お話ししようとしています。
男 お話しを?
脚本家 ええ、お話しを。
男 どちらさまと?
☆脚本家、口に人差し指を当てる。
脚本家 しー。
男 しー。
脚本家 妖怪です。
男 妖怪ですか。
脚本家 見ませんでした?
男 妖怪を?
脚本家 ええ、そう。
男 残念ですが。
脚本家 そうですか。
男 お力になれずにすみません。
脚本家 いえいえ、よいのです。
男 しかしてどうして、妖怪を?
脚本家 聞きますか。
男 ええ、聞かせてください。
脚本家 あまりいい気はしませんが。
男 無理にとは言いません、が。
脚本家 いいでしょう、お話しします。
男 無理にとは言いません。
脚本家 ワタクシのお師匠に当たる先輩劇作家から聞いた話です。
男 ええ。
脚本家 物語と云うものは、闇の中から生まれるのだそうです。
男 闇ですか。
脚本家 ええ、闇。
男 はあ。
脚本家 人と云うものは、闇の中から多くのものを生み出してきました。恐怖であり、幽霊であり、妖怪であります。そこが闇以外の何物もない無だったとしても、人の心はそこに何者かを生み出し、動かし、物語を与え、忌み嫌って参りました。それはまさしく、無から有の発生であり、0から1の誕生であります。
男 こむつかしい話だ。
脚本家 彼は言います。妖怪を見つけなさい。そして、お話しなさい。それができなくて何が劇作家でしょう。無から有を生み出さずに、何が創作家でしょう、と。
男 なるほど。
脚本家 しかして、いま現在のこの日本、の、どこに闇夜がありましょう。照らす光は煌々と、時間を問わずに輝いて。昔に在った闇はいま、掘られ照らされ無くなって、愛しき求めし魑魅魍魎は、どこに隠れているのでしょう。
男 妖怪の住処は奪われたのですね。
脚本家 人間に。
男 絶滅してしまうのでしょうか。
脚本家 いいえ、そんなことは決して。
男 しかして闇は…。
脚本家 闇なら在ります。
男 え?
☆脚本家、両手で自分の胸を押さえる。男も、思わず胸に手を当てる。
脚本家 きゃはははははっ!
☆脚本家、無になってうずくまる。ぶつぶつと独り言を言い出す。
☆サラリーマンイリ、酒瓶を持っている。彼方を見つめる。
男 …。
サラリ …。
男 こんばんは。
サラリ こんばんは。
男 …。
サラリ 何を見つめているかって?
男 えっ。
サラリ 何を見つめているかって?
男 何を見つめているのです?
サラリ 銀河鉄道だ。
男 銀河鉄道?
サラリ ごらん。
男 ああ。
サラリ …。
男 銀河鉄道だ…。
サラリ そうだ。
男 ぴかぴかとひかっている。
サラリ きれいだ。
男 ほんとうだ。
サラリ アレに乗りたい。
男 僕もだ。
サラリ 最初に宇宙に鉄道を走らせた人は、何を想っていたのだろうね。
男 宇宙をゆく船も、宇宙まで昇るエレベータもそうだ。
サラリ ねえ、君。
男 はい。
サラリ 宇宙は、どんな形をしていると思う?
男 どんな形?
サラリ ああ。
男 …、アメーバ。
サラリ 夢の無い男だな。
男 へぇ、まあ、与太郎なもんで。そちら方は?
サラリ 宇宙は、薔薇の形をしているのだと思う。
男 へー、根拠は?
サラリ ないよ。未開で未知であるのが宇宙の最たる魅力であるのに、それに根拠をもって応えようだなんて無粋なまねはしないさ。
男 はあ。
サラリ しかして、万物そういうもののような気はするんだ。宇宙は一輪の薔薇の花のように、自己の内部に自己と同じ構造の相似形をもっている。麒麟の中に、麒麟の形によく似た骨が在ったり、銀河鉄道の中に、それと類似した部品が使われていたりと、共通していることではないかな。我々も薔薇だ。我々も、我々の内部に、我々と同じ構造の類似形を持っているんだ。
男 さすがにそれは。
サラリ 根拠がない?
男 まあ、端的に言えば。
サラリ 確認、…。
男 え?
サラリ …、するかい?
男 …。
サラリ 冗談だよ。
男 銀河鉄道には?
サラリ 乗るのは地下鉄ばかりだ。
男 サラリーマンだなあ。
サラリ 来る日も来る日も来る日も来る日も乗り換え乗り換え乗り換え乗り換え乗り換え。
男 乗らぬのですか。
サラリ 何に?
男 銀河鉄道。
サラリ 手が届かない。
男 乗れぬのですか。
サラリ 勇気が出ない。
男 勇気。
サラリ 怖いのだ。
男 怖い。
サラリ だがしかし、しかしてしかし、まてよまて、今宵は違う。
男 ほお。
サラリ アレに手を伸ばそうと思う。
男 でもどのように。
サラリ 李白という男を知っているか?
男 中国の人だ。
サラリ そう、中国の人だ。彼にならおう。
男 具体的には?
サラリ 湖。
男 湖。
☆サラリーマン、酒瓶を叩きつける。酒瓶が割れ、水溜りができる。
男 湖だ。
☆サラリーマン、顔を地面につけ、水溜りを見る。
サラリ ほうら、銀河鉄道にも手が届きそうだよ。
☆サラリーマン、水溜りに手を伸ばし、そのまま水溜りに顔をつける。
男 …。
☆男、上からサラリーマンの顔を押さえつける。サラリーマン、じたばた動く。
☆男、力の限り抑える。サラリーマンに負け、男が尻もちをつく。
サラリ はは、なんだよ、いくじの無い奴め。手を伸ばしても届かないし、乗るだなんて夢のまた夢じゃあないか。ああ、酒に溺れることもできないだなんて。僕の中の僕の類似形はきっと、血みどろのぐしゃぐしゃに違いない。
☆サラリーマン、伏して泣く。
☆学生イリ、座ってスケッチブックを開く。鉛筆で何かを描いている。
男 …。
学生 …。
作品名:3作品目 「かわれない」 作家名:月とコンビニ