赤いソファと木曜日
「間違えたわ。あなた、面白い話をもってくるわね。」
「略さないでくださいよ。」
「じゃんじゃーん。ここで問題です。」
「はあ。」
理沙はもうついていけない。
「探しても探しても見つからないものってなあんだ。」
「探しても探しても・・・なんでしょう。塩見さんの話の趣旨とか、ですかね。」
塩見は少し顔を上げた。
「なかなか面白い冗談ね。」
冗談じゃない、理沙は思った。
「正解は、」
塩見は急に真顔になった。
「無いものよ。無いものを見つけることはできないわ。だって、無いんだもの。」
「なんか、イジワルな問題ですね。それが何か・・・」
言いかけたところで理沙は気が付いた。
塩見がそれを察した。
「ええそうよ。あなた達が探している優佳って人なんて、いないんじゃないかしら?」
「えっ」
この時の理沙の驚きは、優佳の存在の有無を疑った塩見にではなく、一度も口に出していないはずのその名を知っている塩見に対してだった。
「塩見さん、あなたは、」
その時、右側から何か巨大なものが近づいてきて理沙はギョっとした。
そうだ、ここはバス停だった。
バスが二人の前で止まる。
こんな時間にバスなんてあっただろうか。行先は書いて無い。故障か。
塩見が開いたバスの乗車口に足をかける。車内は運転手以外、見当たらない。
「じゃあね、リサ。ああ、そうそう。これはついでのついでだけど、佐藤によろしく言っておいてくれないかしら。」
「は、はい。」
「ありがとう。」
塩見は優しく微笑んだ。
一方の理沙は一度に大量の情報が反復し、深く考えられない状態だった。まず目の前の状況を理解したかった。
「塩見さん、このバス、どこへ、」
塩見は少し微笑むと言った。
「ちょっと火星まで。」
「ああ、理沙か。どうした。」
壮介と二人きりで会うのは初めてだった。放課後の部室は静かで、もともと物をあまり置いていないせいか、声が響いた。
「見つかりました。」
「誰が。」
「優佳さんですよ。」
「・・・そうか。」一瞬で壮介の顔色が変わった。
これを言えば十分だろう、理沙は思った。
「いつからですか。」
「・・・何が。」
「加蓮のストーカー行為。」
「・・・・・」
壮介は何もない部室を見渡す。
「ちょうど一ヵ月前からかな。ビックリしたよ。同時に、どうすればいいのかも分からなかった。」
「加蓮は気づいてないんですね。」
「ああ。加蓮は俺が気づいていることに気づいていない。だからこそ、誰も傷つけたくなかった。誰もだ。傷つくのは俺だけでいい。」
「嘘の噂を作って、周りに協力させたんですね。加蓮に気が付かせるために。ストーカーというストレートな噂を流した。」
「加蓮は気づいたのか。俺の自演に。」
「いえ。ただ、」
加蓮は壮介を睨んだ。
「ただ、加蓮は壮介先輩の事が好きなんだと思います。」
加蓮は何に対して怒りを感じているのか自分でも分からなかった。嘘をついた壮介にか、ストーカーをした加蓮にか、それとも、
「そうか。」
「みんなグルだったんですね。優佳さんの友達という設定の人や、知り合いや、・・・佐藤さんまで。」
「いや、佐藤は違うよ。」
壮介は微笑んだ。
「良いやつだからさ、アイツ。反対されるよ。」
「親友にも嘘をつくんですね。」
「もっと他に良い方法が思いつけばよかったんだ、俺が。でもあの時はこれぐらいしかね。怖くて怖くて仕方が無かったんだ。」
それに、と壮介は続ける。
「効果はあった。最近ようやくぐっすり眠れるんだ。」
「そうですか。それは、」
素直に良かったと言うべきなのだろうか。
「それで、」
壮介は理沙を遠い目で見た。
「理沙に言うのか。」
「何をですか。」
「これを。」
「私が嘘を見抜いたことだけを先輩に伝えに来たと思いますか。」
「どういうことだ。」
「良い方法があります。」
壮介は理沙を強く見た。
「それはどういう・・・」
「さっき言ったじゃないですか。」
壮介はまだ間の抜けた顔をしている。
「優佳さんが見つかりました。」
赤いソファに寝そべりながら理沙はテレビを見ていた。相変わらず心地良い。
今夜、加蓮がいつものようにここに遊びに来る。
理沙はテレビを消すと、加蓮に告げることを頭の中で確認した。
『優佳さんが見つかった』という嘘を利用し、『実はストーカーをしていたのは優佳さんの方だった』ということを、加蓮に伝える。それと同時に、壮介のストーカーに対しての恐怖心も伝える。そして、
「ん?」
ふと理沙は赤いソファに目をやる。
何か忘れていないだろうか。
赤いソファ・・・加蓮が来る・・・
「あ、今日木曜日じゃん。」
理沙はソファに座りながら呟く。
完