セカンド・パートナー
第四話
季節は進み、春を迎えていた。
いつもの店の前の公園は、あちこちにかわいい花が顔を出し、訪れる人の目を楽しませている。その中に、佐知子と沙織の姿もあった。
「この前は楽しかったわ。それにしても幸次さんて素敵な人ね、驚いちゃった」
「やっぱり? 実は私も初めて会った時、驚いたの。そして、ちょっと疑っちゃったのよね」
「疑うって?」
「女性たちをカモにしているんじゃないかってね」
「まあ、だって、半年以上もメールし合って気心が知れた相手だったはずでしょう?」
「ええ、それをすぐに思い出して、信じることができたわ」
ちょうど空いているベンチの前を通りかかったので、佐知子は足を止め、座りながら聞いた。
「ねえ、沙織、何度も聞くようだけど、男女の関係がないってホント?あんな素敵な幸次さんとただ話しているだけなの?」
沙織も足を止め、佐知子の隣に黙って座った。できるだけ、さりげなく聞いたつもりだったが、佐知子は、沙織の顔にうんざりした表情が浮かんでいるのを、その顔を見ないでも感じとれた。
「ごめん、いくら友だちでも失礼だし、しつこいわよね。その前に私のことを話すわ。
私ね、主人とはもう五年くらいないの。亮太が思春期になったあたりからかな。それで――」
佐知子の言葉を遮るように沙織が言った。
「佐知子……幸次さんと私は本当に手を握ったこともないのよ。信じてもらえないかなあ……
主人とは月に二、三回くらい。私は望まないんだけど、断るのもねえ……
前にも言ったでしょう? 家族の中でそういうことはイヤだって。年齢的にまだ避妊にも気をつけなければならないし、主人にはできるものなら本当にやめて欲しいと思っているのよ」
佐知子の心に何かが刺さった。自分が求めていることを沙織はやめて欲しいと言った……
「家族でなければいいって聞こえるけど、幸次さんとならどうなの?」
「それも前に言ったはずよ。体の関係は終わりが見えているからって」
「ええ、それは聞いたけど、実際に幸次さんを見たら、納得できなくなったの。あんな素敵な人だと思わなかったからよ。あの幸次さんとパートナーなのに心だけで満足だなんて考えにくいわ」
羨むような状況にいる沙織に対して、つい佐知子の口調はきつくなったが、幸次によって気持ちが満たされているからだろうか、沙織は、余裕の笑顔を向けてこう答えた。
「佐知子、私は彼の声を聞くだけで本当に幸せな気分になるのよ。会うことはあまりなくて、電話やメールでのやり取りがほとんどだけど、それでもいつもどこでも彼と私はつながっている気がする。体の関係なんて必要ないのよ。そんなものなくても、私たちの心は互いに寄り添っていて、心が安らぐのだから」
その夜、いつものように、佐知子はひとりで夕食を取っていた。昼間のことを思い出すと惨めだった。
自分は長いこと夫と疎遠なのに、沙織は毎月のように関係を持ち、それをうっとうしいと思っている。
肌を合わせることは、大切なコミュニケーションであり、愛情の確認でもあるはずだ。それを求められることを嫌がる沙織の気持ちが、佐知子にはどうしてもわからなかった。心は他の人とつながっていて満たされているから、そんなことは不要だと言うが、それだって夫との関係が普通だから言えるのだと、佐知子には思えた。
(私が追い求めているものを沙織はどちらも持っている……)
悔しさと羨ましさが入り混じり、複雑な心境だった。似た者同士だと思っていた親友が、急に遠い存在に感じられた。
(沙織とはしばらく距離を置こう)
その深夜、珍しく喉が渇いて目が覚めた。階下に降りて水を飲み、階段を上がったところで、静まり返った玄関の方から、ドアの鍵を開ける音がした。午前様の孝が帰ってきたのだ。
佐知子は迎える気にもならず、部屋へ入ろうとしてドアノブに手をかけた時、階段を伝って玄関の方からひそひそ声が聞こえてきた。孝が誰かと電話で話しているようだった。
(こんな深夜に、いったい誰と?)
佐知子はドアノブに手をかけたまま、聞き耳を立てた。だが、ほとんど相手が話しているようで、孝は相槌を打っているだけだった。ところが、ひと言だけ、佐知子の耳に飛び込んできた。
『楽しかったよ』
やっと聞き取れるような小声だったが、孝は確かにそう言った。
佐知子は音を立てないようにドアを開け、寝室に滑り込み、そっとドアを閉めた。そしてすぐにベッドに入って、眠っているふりをしたが、その後部屋に入ってきた夫が、まるで自分の知らない他人のように感じた。
そして、はっきりと思った。
(私もセカンドパートナーが欲しい……)
作品名:セカンド・パートナー 作家名:鏡湖