赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 31~35話
『お口が下品です、たま。
いい加減で、あきらめてください。
みなさん、おまえの綱渡りにたいへん期待しております。
先程から、お待ちかねです。
みなさんのおかげで、ずいぶん凛々しく、男らしくなりましたねぇ。
はい。それではそろそろ参りましょう。
たま渾身の綱渡りのお座敷芸を、みなさまにお見せいたします』
ヒョイと持ち上げられたたまが、清子の手で綱の上へ移動する。
『よ、よせ。清子。た、高すぎるぞ。目がくらむ!。
悪いことは言わないから、こんな乱暴なことは今すぐに、やめろ!』
『何言ってんの。このくらいの高さで。
あんた。ミイシャに会いにいくときは、平気で高いところをヒョイヒョイと
渡っていくじゃないの。
あれから見れば、こんなもの、目をつぶったって行けるわよ。
男の子なら、もう覚悟を決めていきましょう。
いきますよ。はいっ』
清子が合図した瞬間、たまの両足が綱の上に置かれる。
『万事休す。もはやこれまで!』
たまがすっかり覚悟を決める。
『こうなったら意地でも向こう側まで歩いてやる。
だけどよ。兜に、腹掛けに、長靴だろう。おまけに背中に日傘を背負っているんだ。
これじゃ茶釜のタヌキより、重装備じゃねぇか。
ま。などと泣き言を並べてもはじまらないか。みんが期待して見ているんだ。
じゃ・・・ぼちぼち行くか。覚悟を決めて・・・」
たまが覚悟をきめて、1歩目を踏み出す。その瞬間。
ピンと張られていた紐が、ぱたりと音を立てて畳の上に落ちる。
たまには、何が起きたのか、さっぱり意味がわからない。
『な、なんだぁ。何がどうしたんだぁ?』背中をつかまれたたまが、
ふわりと畳の上にある腰紐へ軟着陸する。
「よしよし、いい子だ。
そのまま。そのままでいい。そのままでいいから、紐を踏み外さず、
こっちまで歩いてこい。
出来るだろうお前。そのくらいの芸なら」
おいで、おいでと紐の向こうから、庄助旦那がたまを手招きする。
笑顔の小春と、市もそこに座っている。
清子までいつの間にか、紐の向こう側に陣取っている。
おいで、おいでと全員が、たまに向かって手招きをしている。
『なんだよ。さんざん人を脅かしておいて、最後はこういう仕掛けかよ。
よしっ。一世一代の、おいらの晴れ舞台だ。
優雅に綱を渡りきったあと、着地は、後方宙返りの4回転ひねりを
決めてやるぜ。
見てろよ。おいらの芸は、あとで高くつくぞ!』
たまが優雅に綱の上へ、最初の1歩を踏み出す。
お座敷から、ワァ~という大歓声とともに、大きな拍手が湧き上がる。
(36)へ、つづく
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 31~35話 作家名:落合順平