便利屋BIGGUN1 ルガーP08 別バージョン
俺は珍しく三郎の意見に感じ入っていた。これは真理かもしれない。女の子はよく愛しているなら嘘は言わないで、とか言う。しかしそんな物が愛情だろうか。少なくとも俺は俺に嘘をついてくれない女は愛せそうにない。
「それでも……」
ジュンは予想通りの言葉を発した。
「後悔しても真実が知りたいわ」
「そうか」
三郎は静かに言って自分もコーヒーを飲んだ。
「そこまでの覚悟なら俺は何も言わない。協力するよ」
そう言って立ち上がり手を差し出した。ジュンは少し涙目になりながらその手を握った。
なんと見事な!
女の子の手はこうやって握るのか。参考になりました。
そこにジムがペーパー片手に帰ってきた。もう解析できたのか。
「まったくガードがかかってなかった。読んでくれ、という物だったよ」
1枚目のペーパーには見出しがあった。
私が殺害または不慮の死、行方不明になった場合この人物が関係している。
なんとストレートな。ローランド氏は自らの身に危険があることを察していたことになる。
その男の名は鈴木治夫。隣町出身の国会議員だ。大会社の経営者でもある。政治家が邪魔な実業家を消す。ありがちな話だ。
「写真データもある」
ジムは2枚目のペーパーをしめした。その表情は曇っていた。そこに疑問を感じつつ写真を見て俺は目を疑った。
な、なにぃ?!
「こ、こいつが本当に関係しているのか?!」
俺は思わず立ち上がり声を上ずらせてしまった。ジムはため息をつきうなずいた。
「添付されていた写真はそれだ。鈴木氏のHPも確認したが本人で間違いない」
そんなはずは!
コピー用紙に印刷されたその写真には、我等がベイブルースのユニフォームに半被といういでたちで踊り狂うおっさんが写されていた。
「ばかな! ベイファンに悪い人はいないはず?!」
エキサイトする俺とは反対に冷め切った視線をジュンは送ってくれた。
「まじめな話してるときにふざけないで」
「ふざけてはいない! 何かの間違いだ、この男は悪い事なんかしない!」
「なんの根拠があるのよ!」
ええぃ、いちいち言って聞かさなければ解らんのか、この女は。
「ニワカやエセは知らず! しかし真のファンには悪いやつはいないと断言できる!」
「この人が真のファンだってなんでわかるのよ!」
よかろう小娘、解説してやるわ。
「まず場所だ。ここは言うまでもなくホームグラウンドのハマスタだ。立っている位置は友の会の招待券で入れる内野Bだ。この男ベイ友の会の会員である可能性が高い」
ジュンの視線が冷ややか通り越して軽蔑の領域に入り始めた。が、かまうことはない。
「次にユニフォーム。これは前回優勝したときのものだ。優勝したのは前世紀だから長年のファンということだ」
「形だけのエセかもしれないわ」
「ちがう。この男の踊りを見ろ。これはラッキーセブンの時にマスコットキャラのボッシー君が踊るものだ。これはプレイの合間にやるからテレビには映らない。ハマスタに行って直に見るしかないのだ。それをマスターして踊っているということは何度もハマスタに足を運んだ猛者ということになる」
ジムは苦笑し三郎は横向いてシカトを決め込んだ。
「この人がベイファンなのは納得したわ! でも肝心のベイファンに悪人はいないって根拠を言いなさいよ!」
まだ解らんのか…… しかたない、故事を交えて伝えてやろう。
かつて三国時代の中国に劉備という英雄がいた。その男が国を失い、ある領主の下に世話になっている時、趙雲という豪傑がわざわざ慕って部下になりにやってきた。人生で最も苦しい時に何の得にもならないのに自らを支えようとやってきてくれた趙雲を劉備は心から信頼した。その後大軍に追われ逃亡する際、趙雲は一人敵軍に駆け込んで行った。劉備の腹心は趙雲が裏切って敵に投降したと報告した。しかし劉備は趙雲は自分を絶対に裏切らないと一喝した。果たして趙雲は敵軍に取り残された劉備の家族を単身で救い出し見事帰還したのだ。
「……それとベイと何の関係が……」
「本当に皆まで言わなければならん奴だな! いいか、ベイブルースは現在4年連続最下位だ! どん底と言っていい! そんな弱いチームを本気で応援できる奴に悪い奴がいようか? いいや、いるはずがない!」
反語まで用いて解説した俺にジュンは圧倒され、言葉をつげなかった。
「まぁ…… 勝手にしてよ」
「エキサイトしているところ悪いんだけど」
ジムが切り出した。
「名前書かれてるの鈴木治夫本人じゃなく妻の方な?」
「へ」
よく見ると写真にも踊り狂う鈴木氏を隣から冷ややかに見つめるおばさんが映っていた。
あくる朝。夕べはその後何もなかった。何もしなかった。
ジュンちゃんのお風呂も覗かなかったし、夜這いもかけなかった。
紳士だ、我々は。
が、女の子が自宅に来てお風呂はいったり寝泊りするってなんかドキドキするね。
で、俺はいつものように6時に起き軽い柔軟体操の後ランニングに出かける。10キロを30分で走る。実戦的なランニングだ。続いて筋トレ。で、7時になる。朝飯は各自適当に用意して食うのが慣例。俺はベーコントーストとポテトサラダを大量の牛乳で流し込む。この辺でジュンが起きてきて朝飯をよこせとおっしゃったので分けてやった。こいつが朝飯作ると言い出す前に用意しておいたのは正解だった。
ジュンは昨日とは服装が変わっていた。白のTシャツに薄いピンクのベスト、今日もミニスカートで色は白かった。下着も替えただろうけど何色かまでは情報を持っていません。
家出中だってのに衣装もちなやつ。
とにかく俺達はおばさん「鈴木 峰子」と接触することにした。おばさんの情報はすでにラーメン屋から出前済みだ。接触そのものは三郎が任せろの一言で引き受けた。少々むかつく野郎だが仕事に関しては抜群だ。任せとけばまあいいだろう。
で、俺は引き続きお嬢様の護衛なのだがさすがに今日はラクチンだろう。何しろ命を狙われているかもなのだ、が。
「お前狙われてるんだから出歩くなよ」
「やだ」
という会話でややこしくなった。
普通に考えて俺の意見は正しい。そうだろう、怪しい組織に狙われているのだ。出歩こうとする方がどうかしている。
「確認したい事があるのよ」
駄々っ子というより少し男前な顔つきだった。それで俺は真面目に聞いてやった。
「何をだ」
「パパの殺された場所に何があるか」
「もう行ったんじゃないのか」
「行ったわ。なんて事のない下町だった」
やれやれだ。
「ならなんで」
「おかしいと思わない?」
エメラルドの瞳が厳しく俺を見つめた。
「どこに笑いの要素が」
「…… 拳銃会社の社長がなんで下町なんかにわざわざ出向いたのか。そこを狙い済ましたように殺されたのか」
ふーむ。
「昨日行った時は疑問に思わなかったけど、夕べ考えてたらどうにも気になって」
プロの殺し屋が待ち伏せしていたのなら当然ローランド氏がそこに行く必然性があったはず…… というのがジュンの意見だ。論理的だ。しかし危険すぎる。
「俺達が見てくる。お前はここにいろ」
作品名:便利屋BIGGUN1 ルガーP08 別バージョン 作家名:ろーたす・るとす



