「空蝉の恋」 第十六話
私はいけないことを考え始めた。
いや、想像し始めたというのが正解かも知れない。
それは、コーチと付き合えば和仁さんを諦めないといけないし、反対に和仁さんと付き合えばコーチは諦めないといけない。
板挟みになるのなら、どちらもやめるか、どちらとも付き合うかの選択だ。
コーチは私に癒されたいと言った。会っているだけでそれが叶うなら、コーチへのお礼という範囲で考えてもいい。しかし、自分の気持ちが前向きになれば、その次のことが断れなくなるだろうことは予想できた。
夫は浮気しても構わないが、さりとて自分がしたいのかというと今はそうとは思わなかった。
「お食事だけなら、ご一緒させて頂きます」
そう私は返事をした。
何度かこういう誘いがあって、恵美子に気を使うからということで、ランチをする曜日をレッスン日ではなく空いている週中に変えた。
コーチとの話はいつも弾んだ。
前の奥様とのことや、学生時代の恋愛話。友達の武勇伝や、海外旅行の話など話題は尽きなかった。私は自分のことがあまり話せなかった。話すようなことも少なかったからだ。
そしてついに徳永は一歩前に出そうと誘ってきた。
「次はどこかへ遊びに出掛けませんか?季節も少し暖かくなってきたので、遠出しましょう」
「そうですね、もう菜の花が咲いているところがあるかも知れませんね」
こんな返事をする自分がいた。
和仁さんと会う時は恵美子も一緒だった。
相変わらず恵美子と和仁は下ネタを言う。それには反応できない。
和仁さんは私をどう考えてそんな話をしているのだろうかと疑う。
もう二人だけの交際を諦めかけているのかも知れない。
それならそれで嬉しい。
約束の日、私は娘の洋子に嘘をついて出掛ける。
買ったばかりの短いワンピースを着てオシャレにしていたので、敏感に察知したのであろう。
「ママ!可愛いじゃない・・・ひょっとして、デート?」
「何言っているの。春だから着てみたかっただけ。似合う?」
「うん。素敵よ。美容院までいっているし、怪しいなあ~」
「女の身だしなみよ。ねえ、遅くなるといけないから、晩ごはんは一人で済ませてくれる?」
「わかった。楽しんできて・・・パパには内緒よね、ハハハ~」
笑って答えるしかなかった。
待ち合わせ場所に徳永は先に来ていた。
最近車を新しくしていた。私とのドライブのためだとか言って、外車にしていた。
印象的な赤色のスポーツクーペは、二人の情熱を誘い出すかのように演出していた。
作品名:「空蝉の恋」 第十六話 作家名:てっしゅう