[マル目線(前編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち
眠れる森の美女と王子
船に戻った王子は、すぐに熱も下がり快復した。
私は人魚姫にそれを伝えるべく、バルコニーで海中をのぞきこんでいた。
(いないなぁ…。)
「マル!なにやってんだ!!」
いきなり腰を引き寄せられる。
ふり返ると、王子が焦った顔で私を抱きしめていた。
「…え?」
あまりの想定外のことに、私が言葉も出せずにいると、王子は私を見下ろして強い口調で言う。
「また、海に落ちる気か!?」
(…。)
「いや、あなたじゃあるまいし…。たとえ落ちても、こんな凪いだ海なら自力で戻れます。」
内心は王子の逞しい腕と胸にドキドキしながら、それを隠すためにわざと辛辣な物言いをする。
「!」
王子は傷ついた顔をすると、私から腕を離す。
「…だよね。」
そして、そのまま室内に戻るその背中に、私は慌てて声をかけた。
「気に掛けてくださり、ありがとうございます!」
でも、王子は何も反応せず、部屋へ戻った。
(傷つけちゃった!)
いつも以上にキツい言い方をしてしまった事を後悔しながらも、人魚姫のことも気になる。
ここでご機嫌を損ねて、海底国と関係が悪化したら、今後、船を出せなくなる恐れがあるからだ。
関係がこじれ船を沈められることが度々起こった、と歴史的にも記録が残っているくらい、海に面した国と海底国との関係は非常に重要な外交問題なのだ。
私はとりあえず、王子へのフォローは後回しにして、再び海を必死で覗き込み、人魚姫を探す。
(明日には隣国に着いてしまう。そしたら次は帰国の時にしかお礼の機会が…。)
結局、隣国へ着いても人魚姫は現れなかった。
「おとぎの国のカレン王子、ようこそ眠れる森の国へ。」
私は王子のそばで、こっそり通訳をする。
王子も、全く話せないなんて誰にもわからないほど、ネイティブな発音で私の言った通りに受け答えをする。
(こういうとき、自分が忍で良かったと思える。)
私は、その場にいるのに誰の目にも留まらない術をかけているので、今だけは堂々と王子の隣にいることができる。
また、王子と私では身長差が30cmあるため、王子の耳元で囁くには私の背伸びに合わせて王子が頬を寄せるように少し屈まないといけない。
だから、通訳の間ずっと王子に密着する形になった。
(いつもは木の上とか天井とかからしか王子を見つめることができないから、この位置で王子の顔をこんなに見つめることができるなんて…。)
普段知ることのない、王子の纏う石鹸の香りや、身を屈めたときに触れる髪の毛や吐息など…王子そのものを感じる度に、胸が大きく高鳴った。
(なんだか、王子を独占できてるように勘違いしちゃう。)
私は頭を軽くふると深呼吸をし、改めて身のほどをわきまえるように自分に言い聞かせた。
そんな時、王様が姫を連れてきた。
「我が娘、オーロラ姫だ。」
明るい金髪にアーモンド型の碧い瞳が印象的な姫に、王子は笑みを深めた。
(あ~あ、また…か。)
王子の美しさと柔らかな物腰に、みるみる間にオーロラ姫の頬は薔薇色に染まっていく。
でもオーロラ姫は、とても大人しい性格のようで、自分からは全く王子に話しかけない。
(こういうタイプ、初めてだな。いつもはみんな積極的に王子にアプローチしてくるのに。)
私は通訳の合間に、そっと王子の横顔を盗み見た。
(王子…こういう清楚で控え目な女性が好みかな?)
「カレン王子は、おいくつになられた?」
王様が、王子に笑顔で訊ねる。
「18になりました。」
私が言った通りに、王子が返す。
「まだお若いな。お若いが、決まった姫はおられるのか?」
(ほら、きた!)
私は、王子をチラッと斜めに見上げた。
(これに関しては、どう答えるか…本人に委ねてみよう。オーロラ姫を受け入れるつもりなら、Noって言うでしょ。)
王様の質問をそのまま訳し、答えを言わずにいると、王子が初めて私へ視線を寄越した。
『Yes・Noくらいご自分でどうぞ。』
私が囁くと、王子は軽く咳払いをして、笑顔を作った。
「Yes。」
(え!?)
私は驚いて、王子を見上げた。
(誰でも、来るもの拒まずじゃなかったの?)
清楚で美しいオーロラ姫を、断る理由が王子にはないはず。
けれど、特定の姫がいると嘘をついてまで、最初から拒むなんてことは今までなかった。
(質問の意味を、取り違えてる?)
私はそっと囁いた。
『Yesだと、特定の姫がいることになりますよ?』
念をおすと、王子はにっこりと微笑んだ。
そして、おとぎの国の言葉で王様に告げる。
「僕のことをよく知らないのに、外見だけで僕に好意を持つ女性とはお付き合いをしないと決めたんです。」
突然、自国の言葉になった王子に、王様は首を傾げている。
(いや、これは訳せない!)
私は必死で考えを巡らせた結果、話題を変えることにした。
「貴国には姫をはじめ、本当に美しいものが多いので、心が癒されます。他にも色々とお教え頂けませんか。」
王子がそのまま言うと、王様は顔を輝かせて嬉しそうに王子を手招いた。
「なんか、喜んでるんだけど…いいの?これ。」
王子が囁いてくる。
『ちょっと姫を褒めて、もっと自慢を教えてって言ったからですよ。』
王子は小さくふーんと言うと、イタズラっぽい笑顔で私を見下ろした。
「マルも結構、うまいなぁ。あのまんま訳してくれても良かったのに。」
『初外遊を失敗したけりゃ、今すぐ訳してあげますよ。』
私が睨みあげると、王子は満面の笑顔で花が咲くように美しく笑った。
「たまに優しいなぁ、マルは。」
結局、『華やかな外見の割に身持ちが固く誠実な王子』ということで隣国からの印象は格段に良くなり、王子の初めての外遊は大成功に終わった。
「王子、頑張りましたな。」
爺や様が労うと、王子も嬉しそうに微笑む。
「ん。まぁ、僕はただにこにこしてただけなんだけどね。マルがうまく計らってくれたおかげだよ。」
(この謙虚さが、本当に王子のいいところだよね。)
常におごらず、周囲への感謝を忘れない王子は、仕える者にとってはこれ以上ないくらい素晴らしい主だ。
「いえ、やはり王子が『特定の姫がいる』と宣言したことが、今回の成功に繋がったんです。」
私が冷静に評価すると、王子はソファーに深く沈み込みなからワインを一口飲んだ。
「んー、あれはただ、僕のこと知りもしないのに、見た目だけでうっとりされてさ~、正直ウンザリしたから断っただけなんだけど…。美人ももう飽きたし…。」
(あ、ついにそこまでになっちゃったんだ。)
確かに、王子は黙ってると聡明に見える。
喋るとすぐに『こいつアホだな』ってわかるけど、悪口とか裏表とかそういうことは一切なく、本当に純粋で性格が良いことがわかる。
だからそのギャップが最大の魅力ではあるんだけど…たいていの女性はそこに至る前に勝手に王子に色んなイメージを抱いて好きになって、王子を知ろうとせず一方的な想いをぶつけて媚びるばかりなので、結果、王子に飽きられて捨てられてしまっていた。
作品名:[マル目線(前編)]残念王子とおとぎの世界の美女たち 作家名:しずか