[完結]銀の女王と金の太陽、星の空
私が笑顔を消して訊ねると、空は私の頬をそっと、撫でる。
そこは触れられると鈍い痛みが走った。
痛みに顔を少し歪めると、空はとたんにその瞳から柔らかさを消した。
冷ややかな氷のナイフのようなその瞳は、背筋が凍るほど恐ろしい。
「奪った命を、その命で償ってもらっただけ。」
冷ややかな瞳のまま、空は妖艶に微笑む。
「奪った…命?」
私はそこでハッとする。
体が、妙に軽い。
吐き気はあるものの、酷くはない。
でも、下腹部に鈍い痛みがある。
私は、お腹を押さえながら空へ訊ねた。
「赤…ちゃ」
最後は、空の唇に飲み込まれた。
角度を変えて何度も唇を重ねられ、訊ねたいのに訊ねられない。
そのうち重なるだけだった唇が、深く濃厚な口づけへと変わっていく。
久しぶりの空の口づけに、私の頭の芯は痺れ、何も考えられなくなる。
けれど、これでわかった。
空のこの様子で、全てわかった。
空は、今回反逆した一族を、一掃したんだ。
その結果、残ったのは従順な8人だけ。
そして…私たちの赤ちゃんは、もういない。
さっき目覚めたときに体が思うように動かなかったのは、流産の処置で麻酔を使われていたからだろう。
そこまで考えたら、涙がいつの間にか頬を濡らしていた。
それに気づいた空は口づけをやめると、額を合わせて上目遣いに私を見つめた。
「子どもの名前、楓月にしないか?
楓に月って書いて、楓月。」
言いながら鼻と鼻もくっつけてくる。
「…なんで?」
私が訊ねると、空は私の頬の涙を指で拭いながら微笑む。
「さっき、夢に現れたんだ。」
「「銀髪のおかっぱで黒瞳の男の子。」」
二人で同時に言って、驚く。
「あれは、じゃあ…ほんもの?」
私の言葉に、空も嬉しそうに頷いた。
「もっと強く賢くなって戻ってくるから、それまで母上を泣かせるなって言われた。」
私は声を出して笑う。
「ふふっ、ごめん…もう泣いちゃった。」
そんな私を、空は眩しそうに目を細めて見つめる。
「俺の帰る場所は、ここだ。」
私は小さく頷く。
「やっと見つけた、宝もあるし。」
言いながら、私の痛くない方の頬を引っ張る。
「いひゃい!」
頬を横に伸ばされたまま言うと、空がぷっとふきだして、肩を揺すって大笑いを始めた。
「はははっ!」
その笑顔があまりにもあどけなくて無邪気で、初めて見るその表情に私は釘付けになった。
空は笑いながら手を離すと、頬を優しく包み込みもみもみしてくる。
「俺の幸せは、ここにある。」
そこまで言うと、スッと笑いをおさめ、穏やかな微笑みを浮かべながら真剣な眼差しで私を見た。
「でも、俺は王子だけではいられない。」
言うたびに、空の左耳の金のピアスが揺れて光を反射する。
「今回の反逆は、俺に責任がある。」
空は私の唇を親指でそっとなぞりながら、まっすぐに私を見つめる。
「今はもう8人しかいないけれど、俺は彼らにとっては今も頭領なんだ。」
そして一呼吸おくと、私を優しく抱きしめる。
「けれど、俺はもう忍の任務には出ない。聖華のそばから、2度と離れない。」
その言葉に、私もぎゅっと空を抱きしめる。
「空。星一族の全員と専属契約すれば、問題は解決する?…彼らはそれを望んでる?」
空は、私を抱きしめながら頷く。
「今まで専属契約をタブーにしていたのは、俺ルールなんだ。」
(俺ルール?)
「色術をどこかの専属にしてしまうと、とんでもない力をその国や組織に与えてしまうことになるから、それで専属契約を禁じてきた。そのことを説明したら、納得してくれた。」
空はもう一度強く私を抱きしめると、ゆっくりと離れ、身体を起こす。
つられて私も起きようとすると、空に肩を押さえつけられた。
「まだ、駄目。」
そして自分だけベッドから立ち上がる。
「レモン水、持ってくるから。」
そう言ってカーテンの向こうに、空の姿が消えてしまうと、とたんに心細さに襲われる。
「空!」
思わず名前を呼ぶと、すぐにカーテンから空が現れた。
「そんなに、離れたくない?」
からかうように言いながら、ベッドにまた潜り込んでくる。
そして、なぜかそのレモン水を空が口に含む。
そのまま空は私に覆い被さるように口づけた。
頭を軽くふって私の口を開けると、そこに含んでいたレモン水を流し込む。
ゴクリと喉をならしてそれを飲み込んだわたしの唇の端を、空はペロッとなめる。
「もう一口?」
私が頷くと、色気たっぷりに微笑み、同じようにレモン水を飲ませてくれる。
「聖華の体が快復したら、皆を紹介するな。」
作品名:[完結]銀の女王と金の太陽、星の空 作家名:しずか