小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

遅くない、スタートライン 第2部 第3話 8/13更新

INDEX|3ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

(1)

茶話会も終わり、さすがの俺も疲れた。美裕も疲れてるが、美裕はホテルの調理室でパティシエをやってる。スタッフ2名が風邪でダウンしてしまい、加奈ちゃんと支配人が美裕に頭を下げて頼みに来たのだ。クリスマス前に予約のケーキやスィーツの製造があり手が足りないと言うのだ。ま、俺も美裕と遊びたいが、今後の仕事の為に調理室で見学させてもらうことになった。美裕は朝の4時半に起き、パティシエのコックスタイルで調理場に下りて行った。加奈ちゃん達は昨日から泊まり込みで仕事をしていた。それだけ大変なんだよ!俺も美裕と一緒に調理場に行き、メインパティシエと会長の許可をもらい、ビデオで録画させてもらった。

加奈ちゃんの下に3人後輩スタッフがいて、また休んでいるスタッフの下にも3人後輩がいた。休んでいるスタッフの代わりに美裕が入った。下の3人はまだ製菓専門学校を今年卒業したばかりで、加奈ちゃんの方も変わらない3人は、2年目のスタッフだった。メインパティシエも小走りで調理場の中を動いた。また加奈ちゃん、美裕もスタッフに指示を出しながら、ケーキやスィーツを作った。後輩スタッフ達は、フルーツのカットにホイップの泡立て、メレンゲの泡立てに格闘していた。また…スタッフの中にはフルーツのカットがうまくできなく、中堅パティシエに怒鳴られた。またその中堅パティシエはクリスマス前でカリカリしてたのだろう。加奈ちゃんも中堅パティシエだが、後輩スタッフが失敗しても口では怒るが怒鳴ったりしなかった。ま、加奈ちゃんの方が器が大きいと俺は思った。度量というのか…

美裕も怒鳴られたスタッフを視界に入れたが、口は出さなかった。よその調理場で働いているんだ…余計な口出しはしないだろう。でも納期の時間は待ってくれない。刻々と迫ってる…怒鳴られたスタッフはまだ若い男の子…21歳ぐらいかな?女の子も同じ年代と俺は見た。そのカリカリした中堅パティシエは、メインパティシエに言われて、調理場を一旦出された。俺はてっきり怒鳴られた後輩スタッフを調理場から出すのかと思った。2人も必死に泣くの堪えてるし、ナイフ持ってる手も震えてるしさ。

「そこの2人!ちょっとこっちに来て」あぁ…メインパティシエが怒るんか?俺はてっきりそう思った。でも違った!メインパティシエは美裕に目線でうなづいた。美裕は小走りでメインパティシエの元に行き、何か指示を出されたようだ。

「お2人さん…こっちおいで。よぉく私の手元見てて!」
美裕は小さい果物ナイフを手にして、フルーツをカットし始めた。後輩スタッフの目が美裕の果物ナイフ裁きに目を見張った。音もせず、いや音もさせずに果物を均一の大きさにカットし、また果物ナイフの先端で綺麗にスライスした。

「あのね…忙しい時こそ基本忘れちゃダメだよ。少しでも手順が違うと微妙に大きさも変わるしバランスも崩れるの。誰も早くしろなんて言ってへん。早く作業して後でやり直すことの方が時間のムダやねん。ちょっとしゃがんでみぃ?もう一回するからね」
美裕はまた同じ作業を、今度は目線を変えさせて後輩スタッフに見せた。後輩スタッフの顔つきが柔和になったところで、美裕はグローブを外して後輩スタッフの頭をなでて、こう言った。

「あなたたちの作業も大事なプロセスの一つやから、仕事は丁寧にしぃ。丁寧していくうちにスピードも上がるから。あなたたちはもう製菓専門学校の学生やない、学校は基本を教えてくれるけど、現場の調理場では自分でテクニックや手順身につけなあかん。いつまでも中堅パティシエの指示待ってたらあかん。中堅パティシエもしんどいねん!手も動かさあかんけど調理場の空気も読みなさい。わかりましたか?」
後輩スタッフは美裕の言葉が心に響いたのか、声も出ないのか、頭だけ上下した。美裕は俺の頭を優しくなでるようにまた後輩スタッフの頭をなでた。

「わかった?この仕事は1人でやってるんじゃないからね。中堅パティシエさん帰ってきたら、謝るより態度と行動で示しなさい。はい!戻って自分の作業をする!メインパティシエ様…私も作業に戻っていいですか?」メインパティシエは笑顔で美裕にうなづいた。

また美裕の果物ナイフ裁きに感化されたのか、後輩スタッフのナイフ裁きが素人の俺が見てもわかるぐらい良くなった。美裕はそれを目の端にとめて、自分の作業に戻り、横の加奈ちゃんパティシエとうなづきあった。あ…もしや!台本あった?後で突っ込んだら、美裕と加奈ちゃんはトボけやがった。「企業秘密やわ」って!また…調理場を出された中堅パティシエにも、美裕と加奈ちゃんが休憩中にボディに軽くジャブを入れたり、笑いながらアドバイスしたようだ。この中堅パティシエは美裕と加奈ちゃん達より2歳年下で、中堅パティシエに昇格したばかりだった。そりゃ…しんどいわぁ!

初日に美裕がホテルの部屋に帰って来たのは、夜の10時だった。俺には先に夕飯を食べてお風呂もどうぞと言ったもんな。ホテルの部屋に帰って来た美裕はドアを閉めると、ドアの前でそのまま床に倒れこんだ。昨日の俺じゃないか!

「お疲れさんです。樹パティシエ様!お風呂も入れてますよん。夜食も用意してますよん。ん?美裕ぉ!!」
美裕は手だけで返事をした。口も利けない程疲れてる?俺は亡きあきら先生の気持ちがわかった…こんな疲れ切った美裕みてたら、「しょうがないな」って気持ちになるわ。でも、起こして早く寝かさなきゃ!明日もあるしな。

「美裕ぉ…ほら立って」俺は床に転がった美裕の手を引っ張った。