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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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 美紗が「いつもの店」で日垣と会うことができたのは、九月も中旬に入りかけた週の金曜日の夜遅くだった。
「この二週間休みなしで、疲れただろう」
「あ、いえ……」 
 穏やかな眼差しに覗き込まれ、美紗は思わず下を向いた。日垣とまともに言葉を交わすのは久しぶりだった。職場では、統合情報局第1部長と入省四年目の事務官の接点は、さほど多くはない。某大国の対応で情報局内が慌ただしくなってからは、お互いに相手の姿を見かける機会さえあまりなかった。
「さすがの『直轄ジマ』も静かになるほどだったからな」
 そう言って笑う日垣は、八月下旬から続いていた激務にもさほどの疲れを見せてはいなかった。
「官邸報告も終えたし、某大国の件は当面、4部だけで対応することになりそうだ。小坂と宮崎も通常業務に戻れるだろうから、君も少しは楽になるんじゃないかな。今のうちに夏休みの残りを消化しておいたほうがいい」
「でも……」
 美紗は、ますますうつむいて、口ごもった。

 休みはいらない
 日垣さんと一緒にいたいから……


「お待たせいたしました」
 二人を囲む衝立の向こうから控えめな声が聞こえてきた。日垣がわずかに頷くと、渋みのある笑みを浮かべたマスターが歩み寄ってきた。いつもの水割りと、深い青に染まる細身のカクテルグラスが、テーブルの上に置かれる。
 見覚えのある、青と紺の合間のような色。
 その警告めいた美しさに、美紗は「あ」と小さく声を漏らした。