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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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「専門官のポスト争い、結構熾烈だよ。美紗ちゃんも、5部あたりからお誘いが来たら、逃さずチャンスを掴んでね」
「いえ、私なんて、とても……」
「そういうの、あなたの良くないとこ。やれること全部やって、もしチャンスが来たらそれを遠慮なく活かす。それでいいじゃない。学歴も経歴も、関係ないでしょ」
 珍しく手厳しい言葉を口にした吉谷は、それでも、にこやかな笑顔を浮かべていた。緩くウェーブのかかった髪が、その表情をいっそう柔らかくしている。
「仕事でも何でも、自分のことだけ考えてやれる時期はあまりないんだから。つまんないことで遠慮したり物怖じしたりしてたら、もったいなくない?」
 美紗は、手を握りしめ、無言で頷いた。吉谷綾子は、どこまでも美紗の理想を体現する女性だった。未来の航空幕僚長と評される日垣貴仁の隣が似合っていた、完璧な存在。嫉妬の対象でもあった彼女は、それでも、フロアにその姿を見せるだけで、不思議な安心感を与えてくれた。その彼女が、いなくなってしまう……。
「別に、異動って言ったってさ、同じ建物の十三階から十六階に変わるだけだよ。何かあったら、内線一本ですぐこっちに来るから。今までみたいにランチしに行ったりしようよ」
 吉谷は、手に持っていたポーチからハンカチを取り出すと、うつむいたままの美紗に差し出した。
「そういえば、初めて話した時も、私、美紗ちゃんにハンカチ貸したよね。あれからもう一年近くなるけど、美紗ちゃん、ずいぶん堂々としてきたわよ。もっと自信持って」
 スラリとした美人顔が陽気に笑うと、無機質だった白い廊下に、きらびやかな蝶が舞っているかのような華やかさが広がった。