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カクテルの紡ぐ恋歌(うた)Ⅷ

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「本音言うと、そうね。でも、専門官は緊急時に対応できないと存在価値が半減しちゃうし、そもそもポストがなかなか空かないのよ」
 地域担当部の専門官ポストには、自衛官と事務官が共に配置されているが、両者の人数枠は明確に分けられていた。全国転勤が前提の自衛官のポストは数年おきに入れ替わるのが普通だが、事務官枠のほうはそうではない。語学系の職員として採用された事務官のうち情報局に配置された者は、一度も異動することなく各々の専門性を高め、やがて専門官のポストに就くのが通例だった。
 吉谷のように家庭の事情で別のキャリアを選択する人間も若干はいたが、専門官となった事務官の多くは、せっかく掴んだポストを手放そうとはしない。幹部自衛官とキャリア官僚が主役の防衛省内で、統合情報局の「専門官」には、それなりの処遇とステータスが与えられていたからである。

「近々に専門官ポストを増員するような話は全然聞かないし、事務官で専門官を希望する人は情報局外にもたくさんいるから、このまま待ってても、私が古巣に戻れる可能性はかなり低いのよね」
 そう言う吉谷の目は、しかし、活き活きと輝いていた。
「それよりは、一度空幕に行って将官連中に名前を売るほうが得策だと思って。大きな声じゃ言えないけど、幕の部長クラス以上にコネができれば、次の異動の時にかなり無理を聞いてもらえるのよ。空幕で四、五年働いて、子供がそれなりに大きくなった頃にでも、彼らのごり押しで統合情報局の専門官ポストにねじ込んでもらえれば、そのほうがかえって早道、ってわけ」
「そうですか……」
 美紗は赤面した顔を見られないように、慌てて下を向いた。日垣貴仁を軸にして物事を解釈していた自分が、ひどく愚か者に思えた。情報局の「主」と言われた彼女は、どこまでもレベルが違う。

 華麗な蝶が、あの人の元から飛び去って行く。
 その後には、飛び方を知らない哀れな蝶が、残される。


「美紗ちゃん」
 凛とした声が、美紗の名を呼んだ。